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2022年8月30日 (火)

サイバー空間の新技術はどこから犯罪になるのか ⑧

続き:

    起訴せずに済ませられなかったのか

 以上、Winny 事件では物理世界からの類推により、コインハイブ事件では立案担当者の事例からの類推により、新しい問題が解決されたことをみてきた。

 終わってみれば、そういうものか、といって納得できるものかもしれない。しかし、いずれの事件においても無罪て終わったものの、地裁(Winny 事件)あるいは高裁(コインハイブ事件)で有罪の判決が出たし、その前には逮捕もされ、捜査段階から無罪が確定するまでに数年かかった。その間、被告人は、耐えがたい苦痛を強いられたであろう。ただ、一審、二審の場合だと、控訴、上告が可能なので、起訴がなされてしまうと、なかなか引っ込みがつかなくなるということは制度に内在する特徴だ。

 そうすると、ポイントは起訴するか否かということにもなる。ここで、①検察は起訴前の事件処理の段階でなぜ無罪だから諦めよう、という判断ができなかったのか、あるいは、②有罪かもしれないが、起訴猶予という選択肢もあるのだから、起訴しないべきではなかったのか。こうしたことを疑問に思う方もおられるかもしれない。

 まず、②について、起訴猶予というのは、犯罪は成立する(起訴したら有罪をとれる)と認識しながら、起訴をしないでおくというものであり、起訴猶予するか否かは検察に広い裁量があるから、その裁量自体を確実に統制するのは現時点では困難である。新しい事案類型でかつ悪くて非難可能な行為だと思っている場合であって、模倣犯が出てくることを防ぐべきだといった考慮をすると、起訴しないことの理由付けを考えるのに難儀する可能性はある。

 ①についても難しい。審級間で結論が分かれたという点をとっても、Winny 事件もコインハイブ事件も難事件であった。その一因が、今までのプラクティスへの依拠にある。捜査機関を含む法律家も、同じ事案は二つとないことを肝に銘じつつ、各事案の特徴を区別できるように把握するように努めている。もっとも、理論が理論たる所以は、事案を越えて、一定の事案群に同一のものを適用できるところにある。個々の事案の特徴を捨象しても適用可能な警報理論に対しては、大方の賛成が得られているものについては、それを依拠として考えればよい、という発想が生まれやすい。理論に基づき、立証すべき事実が決まり、それに基づき証拠を集める。理論が変わってしまっては、全てが変わりかねないのである。

 今までとは別の理論を採用するとなると、伝統的で定評のある理論を使わない理由を説明しなくてはならなくなる。「30年以上、幇助についてはこの理論を用いてやってきました。この理論であれば、逮捕・起訴できるでしょう、しかし、今回の事案の特殊性を考えると、別の理論を考えるべきです、その理論に基づくと処罰できません、なので逮捕はしません」。こうした論理に基づく見解を捜査機関の中で統一見解として作るのは至難の業だと思われる。捜査機関としては、裁判所(究極的には最高裁)が否定的な判断をしない限り、今までの実務運用を変えることの方がハードルが高いかもしれないからである。

 もっとも、裁判所の判断を待たないと、運用を変更しにくいのであれば、裁判所の判断は、逮捕・起訴後のものであるがゆえに、逮捕・起訴は妨げない。このことは、最終的に違法でない、と判断される、本来自由に行い得る行為も怖くてできなくなる、という、いわゆる萎縮効果が残存してしまうことも意味しているだろう。

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