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2022年8月31日 (水)

サイバー空間の新技術はどこから犯罪になるのか ⑨

続き:

   捜査機関と技術者集団との継続的な対話を

 視点を変えて、法律の文言を変えるほどではないが、皆にわかりやすい形でルールの内容を随時提示していくという方法を別の手段に実現できないか、考えてみる。随時情報を提供することで、新しい技術のユーザーに明確な行為規範を与えられることになるが、同時に、随時というからには、技術の側と法律の側(ここでは捜査機関が念頭に置かれる)の継続的な対話、及びそれを可能にするプラットフォームが必要になる、とも考えられる。確かに、捜査機関は専門的知見を有する職員を増やしたり、専門的な人材を受け容れたりすることでサイバーの知見を自ら強化することができ、現に検察や警察において、サイバー犯罪対策のための知見の蓄積が進められている。最高検察庁における先端犯罪検察ユニット(JPEC)の新設や、警察庁におけるサイバー特別捜査隊の発足はその例だ。捜査力を強化、悪質なサイバー事犯を確実検挙していく姿勢は現在の大きなサイバー脅威を踏まえると重要なことだ。

 例えば包括的なマルウェアの保管・供用等の処罰を可能にする不正指令電磁的記録に関する罪の運用については、重大性に疑問があり得る事件においては、なお丁寧な処理が要求される。

 これもすぐの実現は難しいのかもしれないが、捜査機関には、抽象的に想定される技術者集団から得られる知見も踏まえて、一定の行為を処罰すべきか否かについて慎重な検討をしてもらいたいと考えている。ここでいう技術者集団とは、一技術者の意見ではない。特定の一人の技術者の意見であると有罪方向にも無罪方向にもバイアスがかかるおそれがあるからである。同様の理由で、捜査機関内部の技術に詳しい人の意見でも足りない。技術に詳しい者の中にも法規範に対して様々な考え方を持つ者がいるから、技術者集団として想定されるのは社会的な妥当性をある程度担保できるような、中立的な立場から意見を発信できる学会等の機関が想定される。

 勿論、特定機関の意見を絶対視もできない点はあるものの、判断が難しい事案においては、技術者集団の意見に対する応答ができるようにしながら、手続きを進めるという程度の慎重さが求められ、技術と法律との関係でそういうやりとりができるような仕組みづくりが重要。

 慎重さの果てには明るい未来があると思いたい。イノベーションを阻害せず、悪質な事案のみを処罰できる世界である。――「ある新しい技術の利用により、不特定の者に若干の財産的被害が生じており、逮捕も起訴もできそうだが、技術者集団の意見も徴すると、どうも少し待った方がよさそうだ、と考え、慎重に様子見をしていたところ、開発者が対策技術をも開発することいよって財産的被害の発生がかなりの程度、抑止されるとともに、対策技術とセットでみると、当該新しい技術はイノベーションを促進する技術の原石であったことが分かり、捜査機関としても、逮捕・起訴等しなくてよかった」と考えた。

 交流の対象となる技術者集団をどう特定するか、どのように交流を図っていくか、課題は山積している。しかし、Winny 事件やコインハイブ事件といった事案を二度と起こさないためにも、情報通信技術のプロと法律のプロの双方にとって規制範囲がわかりやすい規定、及び条文解釈を創っていく努力が必要になってくる。技術者集団においても、外部から法律のプロを批判するだけでも足りず、専門技術的知見を提供することにより、責任ある判断を部分的に担っていく必要がある。高度に複雑化した現代社会においては、専門技術的判断も分業によりなさざるを得ない。それゆえ、他分野の議論を尊重しつつ、適切な知見の交換により、規制の透明度を高くしていく必要がある。

 

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