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2023年7月17日 (月)

人間と科学 第348回 歴史散歩 医学の眼 リーダーたちが病気になった時(3) ④

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 道長は若い頃からしばしば病悩し、34歳時の大病では、関白就任7日後に死んでしまった次男の霊が憑いたという。三条帝即位直後も、彼は頭が割れるような頭痛発作で寝込んでしまい、物の怪や怪異のうわさが飛び交い、気弱になって左大臣の辞表を二度提出したが、帝は返却した。この頃はまだ、二人の間はさほど深刻ではなかったのだ。

 4年後にも同様の頭痛発作を起こし、片頭痛か緊張性頭痛か、あるいは軽微なくも膜下出血かは不明だが、権力闘争のストレスは心身によくなかったに違いない。また、左足にけがをして寝込み、げっそりと瘠せてしまってもいる。

 三条帝退位直後の 1016 年 5 月、道長はしきりに口が乾き、水をよく飲むようになった。飲水病と呼ばれた糖尿病で、高血糖で血液の浸透圧が上がり、水がほしいのだ。運動量が少なくて豊かな食生活の貴族階級の生活習慣の上に、糖尿病の遺伝素因があった。彼の親族には飲水病が多い。

 ”もち月”の歌を詠んだ 1018年には”胸病”に襲われた。夜半に発症して苦悶状態になり、数時間してケロリと良くなる発作が数か月続いた。今日の医学知識では、発作性上室性頻脈と考ええられている。突然、胸が痛くて苦しくなり、脈拍が1分間に150~200近くにもなり、不穏感から死ぬかと思うが、死にはしない。心拍リズム調整の異常で、発作が治まると噓のようによくなる。睡眠時に起きやすく、道真も深夜に発作があった・大納言藤原実資は『小右記』に発作のありさまを「悩みたまう声はなはだ高く、邪気に似たり」と書いており、天下人が絶叫して苦しみもがく様は尋常でなく、なにものかの祟りと人々の目には映っていた。三条帝をはじめ、権力闘争の過程で蹴落としてきた怨霊が、夜な夜な殺しに訪れると怖れていたのだろう。

 最晩年の道長は、背中の大きな腫れ物の痛みで泣き叫んでのたうち回り、物の怪に取り憑かれたようだったという。次々と現れる怨霊が口々に「絶望して死ね」と言っていたに違いない。万寿 2 (1027)年、62 歳で死去しら。

 権力者の病気はそれ自体大きな政治マターだが、平安時代においては、過去の政争の犠牲者が怨霊として甦り、混乱に一層の拍車をかけていた。

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