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2023年7月15日 (土)

人間と科学 第348回 歴史散歩 医学の眼 リーダーたちが病気になった時(3) 2

続き:

 1011 年、その花山天皇の弟の三条天皇が即位した。道長とは因縁があり、馴染みの薄い帝である。

 1014 年、38 歳の三条帝は左の視力が衰え、聴覚と嗅覚の障害も発症しており、都の中での火事や天変地異にかこつけて道長は譲位を促した。またことごとく帝の意向を阻むようにもなった。暮までには帝の症状は進み「脚病が発動し、進退に便なし、目また見えず」となっている。この時点でも、病気の天皇の事例を調べさせ、帝は皇位への執念をみせていt。

 当時の書物『大鏡』に、三条帝は御病により、金液丹という薬を飲んでいたが、服用した人は目をやられたと書かれたといる。この薬は、辰砂(硫化水銀)が原料の高貴薬だが、実は水銀中毒を引き起こす。視野狭窄で視力が低下し、聴覚・嗅覚障害や四肢の運動障害も起こり、重症例は死に至る。

 水銀は輝く金属でありながら液体であり、金をも溶かす神秘性から不老不死の仙薬として秦の始皇帝が服用して亡くなったとも言われている。

 翌年春、三条帝の病気平癒の加持祈禱が行われた際、昔の政治的陰謀で失脚した僧の賀静の霊が現れ、帝の目の症状は自分のせいだと言い放った。

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