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2023年8月29日 (火)

Science 歯科医療の未来を切り拓くエピジェネティクス ②

続き:

1. 遺伝子のオン/オフを制御するエピジェネティクス

1) 遺伝子が働く仕組み

 エピジェネティクスは、環境要因が DNA の塩基配列の変化ではなく、化学修飾によって「遺伝子の働き」をコントロールする仕組みである。エピジェネティクスの分子メカニズムを理解するために、まずは読者の皆さんが学生時代に講義を受けた「遺伝子が働く仕組み」を思い出してほしい。

 遺伝子とは、A、T、G、C の並び方、すなわち DNA 塩基配列によって規定されるタンパク質の設計図であり、ヒトでは約 2 万個の遺伝子が存在する。ゲノムに保存された遺伝情報が実際に働くためには、遺伝子の設計図通りにタンパク質を合成する必要がある。遺伝子からタンパク質を合成する過程には 2 つのステップが存在する。

 はじめに、RNA 合成酵素である RNA ポリメラーゼが、今からタンパク質合成を開始する遺伝子の発現制御領域に結合し、遺伝子の DNA 配列を読みながらメッセンジャー RNA (mRNA )を合成する。その後、リボソームにおいて mRNA からタンパク質が合成される。DNA から mRNA を合成するステップは転写、mRNA からタンパク質を合成するステップは翻訳と呼ばれる。

 一方、ヒトには 2 万個の遺伝子が存在し、体内のすべての細胞が同じ DNA を持っているが、すべての細胞で常に 2 万個の遺伝子が転写されタンパク質が合成されているわけではない。個々の細胞は、その細胞特有の機能を発揮するために、特定の遺伝子のタンパク質のみを合成している。

 例えば、エナメル質を造るエナメル芽細胞では、骨の遺伝子の転写スイッチはオフになり、骨のタンパク質は合成されないが、骨を造る骨芽細胞では、骨の遺伝子のスイッチはオンになっている。このような遺伝子スイッチのオン/オフを、化学修飾によって制御するプログラムがエピジェネティクスである。

2) 遺伝子の働きを制御するエピジェネティクス

 エピジェネティクスによる化学修飾にはいくつかの方法があるが、ここではヒストンの化学修飾を例に説明する。ヒトでは、A、T、G、C によって書き込まれている。DNA は約 30 億塩基対で構成されており、DNA の全長は約 1 m にもなる。約 1 m の DNA を小さな細胞核に収納するため、DNA はヒストンと呼ばれるビーズのようなタンパク質に巻き付いて規則正しく折りたたまれている。巻物の芯棒がヒストンで、巻物の紙が DNA であり、そこに A、T、G、Cの 4 文字で情報が書かれているイメージである。

 DNA が折りたたまれた状態では、RNA ポリメラーゼが遺伝子に結合することができず、また DNA 遺伝子情報を読み取って mRNA を合成する転写を行うこともできない。すなわち、転写のスイッチが「オフ」の状態である。巻物も開くことができなければ、書いてある文章を読み取ることができないのと同じである。

 遺伝子の働きを「オン」にするためには DNA とヒストンうを緩め、遺伝子の働きを「オフ」にしたいときは DNA をヒストンに巻き付けて折り畳めば良いことになる。私たちの細胞内では、ヒストンの化学修飾を介して DNA を折り畳んだり開いたりすることで遺伝子の働きを緻密にコントロールしているのである。これこそが、塩基配列を変化させずに遺伝子の働きを調節するエピジェネティクスの一例である。

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