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2023年10月 1日 (日)

人間と科学 第351回 歴史散歩 医学の眼 リーダーたちが病気になった時(6) ②

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 アメリカ合衆国修正憲法第25条は、大統領が職務遂行不能になった場合の継承を定めたもので、第 4 項では、副大統領に権限が委譲されるとさだめていry。

 ベーカー上席補佐官の在任中、レーガン大統領はゴルバチョフ・ソビエト連邦共産党書記長と会談を重ねて東西冷戦緩和を導き、失政もなく 1989 年 1 月までの任期を全うした。しかし、彼はトランプ占いばかりしており、政策は「ナンシー・レーガン大統領」が決めていると噂されていた。夫人である。

 1994 年に、レーガンは自らが、アルツハイマー病であることを公にしたが、主治医は大統領在任中に判断力の問題はなく、認知症ではなかったと言っている。

 しかし、1987年春の修正憲法 25 条適応考慮のエピソードからすると、ホワイトハウスのスタッフはすでに彼の知的能力低下を感じていたようだ。

 アメリカでは、重い病気に罹って、職務を果たせなくなった大統領が職に留まり続けて、国政が停滞してしまった苦い経験があった。

 第 28 代合衆国大統領 ウッドロー・ウイルソンは学者出身でタフな理想主義の大統領であり、1918 年 11 月の第一次世界大戦終戦直後に「十四か条の平和原則」を掲げてパリ講和会議をリードして、今日の国際連合の前身となる国際連盟の創設を提唱した。

 

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