日記・コラム・つぶやき

2021年6月12日 (土)

Clinical 高齢者のポリファーマシーと歯科薬物療法 ①

佐伯万騎男(新潟大学歯学部歯科薬理学分野教授)さんと松野智宣(日本歯科大学附属病院副院長、口腔外科教授)さんの共同研究論文です。

     コピーペー:

   はじめに

 我が国の高齢化は世界でも類のない速さで進行し、2025年には団塊の世代が 75歳以上の後期高齢者になる。高齢化の問題は、歯科界においても待ったなしの課題である。高齢者の歯科診療における薬物療法において、どのようなことを念頭に置いたらよいだろうか。

 第一部では、最近耳にすることが多いポリファーマシーの問題について、これまでまとめられたガイドラインを紹介し、あわせて高齢者の薬物療法において考慮すべきことや加齢に伴う生理機能の変化について解説する。

 第二部では、高齢者において注意すべき薬物相互作用をいくつかのガイドラインに沿って例示する。この小論文が若い歯科医師の皆さんのこれからのスキルアップへの足がかりとなることを期待する。

          <要  約>

 日本では 75歳以上の高齢者が増加しており、歯科薬物治療のマネジメントにおいても重要な課題となっている。薬物の多剤併用であるポリファーマシーや高齢者に生ずる薬物動態の変化において最も重要なのが、薬物の腎臓における排泄の低下である。本総説は高齢者の薬物動態変化に影響を与えるこれら生理機能の変化について述べるとともに、高齢者のポリファーマシーとして歯科領域で用いられることが多い非ステロイド性抗炎症薬 (NSAIDs) の薬物相互作用に焦点をしぼり、エビデンスに基づく診療ガイドラインを紹介する。

2021年6月11日 (金)

グローバル・コモンズの責任ある管理 ⑦

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7 いま、我々がなすべきこと

 こうした新たな機運にもかかわらず、グローバル・コモンズを守る進捗は、世界的に見て絶望的に遅い。

 2015年パリ気候変動合意の立役者であった気候変動枠組み事務局長クリスティアナ・フィゲレス(当時)は、東京フォーラムで(2020年12月)、我々が地球の安定性を取り戻すため、2050年に脱炭素を達成するためには、大きく舵を切る必要があり、そのために残された時間は 10 年しかない、と述べた。

 本稿で繰り返し述べてきたが、この緊迫した状況は、いくら強調されてもよい。彼女の後任であるパトリシア・エスピノーザは、公約と現状がここまでかけ離れた国際合意はめったにない、と警告した(2021年3月)。我々は、自分たちの未来を確かなものにするために、システム転換への努力を加速する必要がある。に、

 残念ながら今の、この専門家からのメッセージに、我々の認識と行動が追いついていない。科学からのメッセージを理解し、経済や社会をどのように変革すべきかを考える知力、行動を起こす胆力を、我々はまだ十分に発揮していない。

 いま我々は、地球と人類の関係をめぐって、いかに特別な時期にいるかをよく理解しなければならない。グローバル・コモンズを責任をもって管理し、次世代に引き継ぐという重大な使命を我々は背負っているのだ。この責任から逃れるわけにはいかないのである。東京大学では、2020年8月に「グローバル・コモンズ・センター」を設立、内外の志ある企業や機関と連携してグローバル・コモンズを守るための試みに着手。

 先に紹介したグローバル・コモンズ・スチュワードシップ・インデックスの開発は、その最初の成果だ。

 COVID-19 は、我々がまさに人新世にいる現実をつきつけた。21c. になってから頻発する人獣共通感染症は、人間の活動範囲が、食料生産・インフラ開発などを通じて、それまで脅かされていなかった生態系を攪乱していることが一因である。この意味で、まさに人新世時代の疾病だ。その根本的な対処は、人現活動と自然システムの安定的な関係の回復であると同時に、変異株が威力を増さないうちになるべく多くの人が全世界で免疫を得ることにある。その精神は、誰もが安全でない限り、誰も安全ではない。(nobody is safe until ererybody is safe) というグローバル・コモンズの精神を象徴するものだ。

 グローバル・コモンズという人類の共有資産を守るという重大な使命の前に、我々は何をすべきだろうか。グローバル・コモンズを管理するためのフレーミング、道具立て、実践について述べてきた。そして新たな形の経済モデル、ガバナンスの在り方が必要であることも述べた。

 しかし、こうした試みを、スケールとスピードをもって実行していくのは、最後は「人」だ。既存の枠組み、たとえば国家、企業、組織の枠を超えて、課題ごとに横連携でリーダーシップを取ることのできる人、自分が安全と感じる居心地の良い場所から踏み出して、新たな仲間と行動を開始できる人、こうした真のリーダーが今必要がある。そして、我々一人ひとりが、それぞれの立場でリーダーシップをとっていくこと、これがグローバル・コモンズを守っていくために、いま最も求められていること。

2021年6月10日 (木)

グローバル・コモンズの責任ある管理 ⑥

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6 日本の立ち位置

 グローバル・コモンズを守るために、国際社会は動きを速めている。気候変動に直結する脱炭素については 2020 年秋に中国、日本、韓国が今世紀半ばまでの脱炭素を表明し、バイデンの勝利でアメリカがパリ合意に復帰したことで、GHQベースで 63%の国がネットゼロ・クラブに加盟したことになる。その実現可能性については予断を許さないが、2021年11月の気候変動 COP 26 に向けて、試みは加速してきている。目標の上方修正や同盟の結成が相次いでいる。また、気候変動のみならず、もう一つの重要なグローバル・コモンズの構成要素である生物多様性の分野でも、新たな国際目標をめぐる議論が活発化している。

 日本については、残念ながら、その流れにまだ乗り切れていない。なぜネットゼロが必要なのかという科学的な理由付けへの理解が十分でないこと、ネットゼロ宣言への参加が遅れたこと、化石燃料に依存していることやそれを前提とした技術の海外輸出が続いていること、国境を越えて形成されつつあるテーマごとの連携・プラットフォームへの参加が少ないことが要因であろう。

 世界の流れが欧米主導で進みつつある中、日本が今後、国際競争力を削がれることなく、国際社会でその立ち位置を確かなものにするためには、二つのことに取り組まねばならない。

 第一に、脱炭素 2050 目標として、2050年までにプラネタリー・バウンダリーの中で持続可能な社会を達成するには、科学的知見に基づく経路分析が喫緊の課題である。諸外国の例を見ると、イギリスの気候変動委員会のように、法律で設置され、議会との間にアカウンタビリティを確保した組織もある。こんな例を参考にしながら、日本として、セクターごとのシステム転換を視野に入れたパスウェイの設定とそれを実現するための政策パッケージの策定が喫緊の課題である。このパスウェイがきちんと示せることが、2030年目標、2050年目標への秩序だった移行を可能にする・

 第二に、途上国を視野に入れる実効ある国際協調体制を日本が主導して確立することが不可欠だ。これまでの国と国の間の条約だけでなく、非国家アクターを巻き込んだ課題ごとのプラットフォームによる協同も重要な役割を果たす。国際協調体制の脆弱性は、先進国と途上国の亀裂に由来する面が大きい。気候変動問題は、「先進国が使い尽くした地球環境のツケをなぜ途上国が払わねばならないか」という永遠の課題からのがれられない。しかしここで考えるべきは、日本の重要なビジネス・パートナーである東南アジア諸国の多くは、いまだ石炭火力への依存、生物多様性を毀損した製品の輸出による経済発展戦略をたてており、日本はそのバリューチェーンに連なっているとうことだ。グローバル・コモンズを守る仕組みづくりへの協調関係を、これらの国々とともにどう構築するのか。その達成は、日本がないうる大きな貢献となり、そのリーダーシップは高く評価されるであろう。

2021年6月 9日 (水)

グローバル・コモンズの責任ある管理 ⑤

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5 グローバル・コモンズの責任ある管理の進捗

 グローバル・コモンズを守るためには舵を切る必要があり、残された期間は 10年しかない、と述べた。勿論、我々の世代も、グローバル・コモンズを守るために何もしてこなかったわけではない。

 早くは、1987年の「ブルントラント報告」で、「Our Common Future」のタイトルのもと、持続的開発の新たな定義を提唱した。1992年には、初の地球環境サミットが開催され、気候変動条約、生物多様性条約、砂漠化防止条約などリオ環境 3条約が締結されるきっかけとなった。

 しかしその後も、地球環境の悪化は留まるところを知らず、リオ環境 3条約に代表されるような国家間の枠組みだけでは十分でないことがはっきりしてきた。グローバル・コモンズを守るためには、経済システムの抜本的な変革が必要である。これは環境条約の矩をはるかに超える大事業であり、経済システムの主要メンバーが関与して初めて成しうる事業だ。

 実際に、中央政府以外で、グローバル・コモンズを守る意思と能力を備えたアクターが登場し連携して活動するようになった。彼ら非政府アクターは、解決すべき課題ごとに、業界を通じてあるいはバリューチェーンを通じて集まり、課題解決に動くようになった。その活発な行動が、2015年のパリ合意や SDGs 合意を後押ししたと言われている。その主だったグループは以下の通りである。

 都市は、中央政府を持たずに市民と一緒になって行動を起こした。例えば気候問題にリーダーシップを取ろうとする世界の大都市の集まりであるC40は、脱炭素戦略やコロナ後のグリーン・リカバリー戦略を世界に打ち出している。都市は実験の試験場所でもある。

 ビジネスの領域においても、これまでの短期的な視野で利益を最大化する経営の在り方は持続可能ではないと考えたビジネス関係者が、株主資本主義(shareholder capitalism )からステークホルダー資本主義への転換を打ち出している。この動きは、地球環境危機、社会の分断を見据え、その克服への道筋を、多様なステークホルダーを巻き込んで描かなければ、自分たちのビジネスの先行きが見通せないという冷徹な分析――死んだ惑星にビジネスはない――に則っており、かっての CSR (企業の社会的責任)とは一線を画すものである。

 ESG 投資の興隆やエシカル消費の盛り上がりなど、投資家も消費者もそれぞれの立場から、グローバル・コモンズを守る動きを加速させている。

 

2021年6月 8日 (火)

グローバル・コモンズの責任ある管理 ④ B

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 グローバル・コモンズを守るための道具立ての第二は、グローバル・コモンズ保全のパフォーマンスを計測する指標作りだ。グローバル・コモンズを守る活動は世界中の国々で行われる必要がある。これまでも、クライメット・アクション・トラッカー等、気候変動に関する各国のパフォーマンスを評価する試みはあった。2020年12月に東京大学グローバル・コモンズ・センターが国連の「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク」(Sustainable Development Solutions Network : SDSN) やイェール大学と開発した「グローバル・コモンズ・スチュワードシップ・インデックス」(パイロット版)は、気候変動のみならず、生物多様性、土壌、海洋などの 6つのグローバル・コモンズの構成要素について、各国がどのコモンズをどの程度守っているかのパフォーマンスを計測するものである。ここから、国ごとに多様なコモンズ保全への貢献の仕方があることがわかる。またこのインデックスは、国内生産のみならず、輸入を通じた海外の環境への波及効果もあわせて把握する。例えば、日本については、全体の成績も B と良くないが、海外効果は CCC (グローバル・コモンズ・スチュワードシップ・インデックスの評価)とさらに悪い。生物多様性については、国内生産だけみれば比較的良い成績のBBであるが、海外効果は CCC だ。これは生産過程が高い環境負荷がかかった輸入品が多いためと思われる。この例は、グローバル・コモンズへの貢献は、国際的なバリューチェ―ンを通してみることが重要であり、その改善のためには海外パートナーと一緒に努力する必要があることを示している。グローバル・コモンズ・スチュワードシップ・インデックスは、各国のコモンズ保全への貢献度を、科学的に計測し公表することによって、国際的な協調の機運を高め、また政策論議を活発にしていくことを目指したものだ。

● 実践のための工夫

 グローバル・コモンズの責任ある管理のための道具立ての第三は、「実践のための工夫」だ。

 グローバル・コモンズの保全が実行に移されていくには、経済システムの変革が必要。具体的には、エネルギー・システム、都市システム、食料システム、生産消費システムの変革をとり上げてきたが、これは容易ではなく、ビジネス、政策が協働して動いていく必要がある。

 最近の動きで注目されるのh、中央政府の政策担当者だけでなく、非国家のアクター (non-state actors) である地方政府、ビジネス、投資家、消費者、市民団体が、重要な課題ごとに枠を超えて連携し、協働のためのプラットフォーム(マルチステークホルダーによる協働)を創ってきていることである。具体例としては、一次産品の生産による熱帯雨林の乱伐採に歯止めをかけるための「Tropical Forest Alliance」や、プラスティックの使い方をより循環型にするための「New Plastic Economy」のプラットフォーム、電化製品の廃棄をデザインから考え直す「E-Waste」同盟など、バリューチェーンに連なる企業、消費者、投資家、政府を巻き込んだ協働のためのプラットフォームが、無数に活躍している。

 これらの連携プラットフォームは、メンバーによるコミットメントの強制力、アカウンタビリティ、資金貢献など重要な要素において、多様な形態があり、鍵となるシステム転換の推進役として役割を果たしている。こうしたアライアンスは、グローバル・コモンズを守るためのシステム転換に多様な主体を巻き込む必要性があることに鑑みて、重要な実践の手法である。中央政府に重点を置いた従来の枠組みでは達成できないグローバル・コモンズの管理の新しい有力な実践方法の一つとして注目される。

 さらに、経済モデルそのものの変革が必要である。

 人新世における経済モデルは、グローバル・コモンズを管理するための新たな特徴を備えている必要がある。それはグローバル・コモンズの重要な要素であるにもかかわらず、現行の経済モデルでは十分評価されてこなかったもの、たとえば、自然資本を取り入れることなどが考えられる。最近になってようやく、これまでは外部不経済としてしか認識されてこなかった環境負荷や自然資本による貢献を、統一されたルールで価値づけし報告していく機運が盛り上がっている。企業と金融の両方が参画したルール作りを進め、自然資本を経済取引に組み込むようにすることが重要である。

 

2021年6月 7日 (月)

グローバル・コモンズの責任ある管理 ④ A

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4 新たなメカニズムの創設

 人新世という新時代において、安定的な地球環境、すなわちグローバル・コモンズを、責任をもって管理し次世代に渡していくためには、ガバナンスを含む新たな仕組みを作っていく必要がある。しかもその構築のために残された時間は少ないのだ。

 この大作業には、次の三つの作業が必要だ。第一に「枠組み作り(フレーミング)」、第二に「道具立て」、第三に「実践のための工夫」だ。

● 枠組み作り

 第一の「枠組み作り」から見ると。これは、グローバル・コモンズの管理責任というコンセプト作りとその共有である。先に紹介したように、ローカルなコモンズは、あえて外から論されなくても、コモンズを守る必要をコミュニティが自分事として認識、そのためのルールも熟知していた。守らなかった時の結果も罰則も理解されていた。グローバル・コモンズの場合、こうした基盤をどのように作っていくべきか。そのベースにある科学のメッセージ――あと10年で大規模な転換が起こらなければ地球と人類の未来は危うくなる――をいかに伝えるか、安定的な地球を守ることは構成員全員の利益であることをいかに得心してもらうのか、そしてそれを「他人事」ではなく「自分事」として捉えるようになれるか。つまり、ローカル・コモンズを守ってきたコミュニティのように、いかにして我々の中で、グローバル・コモンズを守るコミュニティとその規範を作るかである。まず、人々の行動規範や価値観の変化が必要だ。企業が、投資家が、消費者が、グローバル・コモンズを守るために行動を変えることが重要。養育も重要であろうし、デジタリゼーションが行動変容を加速する可能性もある。科学のメッセージをわかりやすく伝えるコミュニケーション、共感を呼ぶナラティブ、帰属意識を醸成する仕組みが必要。

 さらに、世界的な協調体制の構築が不可欠である。コモンズは、お互いが顔見知りのローカル・コミュニティでは守られてきたが、グローバルにそれを守る仕組みは十分に機能していない。アメリカ大統領選後も地政学的確執は続いており、国際協調の難しさが顕著だ。グローバル・サウスとグローバル・ノースが一堂に会して、グローバル・コモンズの管理に共同であたる体制を作れるかどうかが鍵である。

道具立て

 第二にローカル・コモンズでは必ずしも必要なかった幾つかの「道具」が必要となる。その一つが経路分析で、もう一つが進歩の計測のための指標作りだ。

 まず経路分析とは。ローカル・コモンズでは、守るべき対象のコモンズと、コミュニティのアクションの間にわかりやすい関連があり、それをコミュニティの構成員が熟知していた。グローバル・コモンズは、対象となる地球システムと我々の経済システムとの関連が複雑であり、自分のアクションの結果を端的に理解することが難しい。アクションの結果がわかるまでにかかる時間も、ローカル・コモンズの場合は翌年の収穫への影響など比較的短期に可視化されるが、グローバル・コモンズの場合はそれが長期になる。

 こうした違いがあるため、グローバル・コモンズについては、今世紀半ばまでに持続可能な経済社会を、プラネタリー・バウンダリーの枠内で築くために、どのような経済システム転換が必要かという経路分析が有用である。

 この経路分析は、エネルギー分野だけでなく、他の基本的な経済システム、すなわち食料システム、都市システム、生産消費の在り方と、その相互関連を考える必要がある。具体的には、エネルギー分野の脱炭素化を早急に進めること、そのためには、電力・熱源としての化石燃料からの脱却を進めるだけでなく、産業、移動、民生など経済社会全体においても脱炭素化を進めること、エネルギー需要そのものをどう減らすかも鍵だ。食料システムの環境負荷をどう減らすか、都市をどのように作って機能させていくかも重要である。

 こうしたシステム転換を政策によってどのようにバックアップしていくのか、またその中期的な経済コスト、社会的なコストを示す必要がある。2050年までに脱炭素を達成するためにすでに多くの経済分析がされている。イギリスの気候変動委員会 (Climate Change Committee ) の試算は、脱炭素のための当初のインフラ投資がその後の操業経費の節約で償われることから、経済全体でみるコストはGDPの 0.5%~ 1%程度と管理可能な範囲であると分析している。

 こうした分析を踏まえたナラティブを明白にすることも重要。それは「 2050年にプラネタリー・バウンダリーの枠内で持続可能な経済社会を創ることは、①我々と地球の未来にとって絶対に必要なだけでなく、②技術的・経済的に可能で、③我々にとってより好ましい未来がやってくる」というメッセージである。

 一方で、こうした大きな変革が、社会的なひずみや分断を増幅させるという懸念がある。変革の経路を描くとき、その移行を公平で秩序だったものにすることが極めて重要。グローバル・コモンズは、待ったなしの状況である地球システムの機能に着目した概念で、必ずしも社会的な要素を正面から捉えたものではない。

 しかしながら、グローバル・コモンズの毀損は社会的な分断を悪化させること、そして、グローバル・コモンズを守るためには、社会の分断に取り組むこと、移行の公正が必須であることを深く認識する必要がある。

 

2021年6月 6日 (日)

グローバル・コモンズの責任ある管理 ③

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3 グローバル・コモンズの責任ある管理

 人新世に踏み出してしまった我々が、灼熱地獄に至ることなく、プラネタリー・バウンダリーの枠内で、持続可能な発展を遂げるために、何をすべきか。

  ここではひとつの概念、「グローバル・コモンズの責任ある管理(Stwarding Global Commons)」を提唱。人類の文明を支えてきた「安定的でレジリエントな地球システム」は、人類の共有資産である「グローバル・コモンズ」であり、人類が協調して責任を持って管理し次世代に引き継ぐべきもの(スチュワードするもの)だ。

 コモンズとはもともと、あるコミュニティが共有し皆で利用する(誰かの所有に属さない)牧草地、水源、森林や漁場などをいう。ここでコミュニティの構成員が、個人としては「合理的」に動き、自分の利益だけを追求してコモンズを利用しようとすると、共有資産は取りつくされ共有地は荒れ果てて、結果的には皆が損をする。「コモンズの悲劇」といわれる事態だ。しかし興味深いことに、多くのコミュニティは、コモンズを守るための何らかの取り決めを編み出し、構成員がそれを守る仕組みを創ってきた。そのルールは明文化され、あるいは慣行として守られてきたが、要は構成員がルールを知り、それを守ることの重要性、守らなければ結局は自分が損をすると理解していることである。コミュニティは構成員が誰かを知っているし、ルールを破ったときのペナルティも理解している。コモンズを守り、自分たちの子ども世代へ引き継ぐことの大切さも理解している。この結果、多くのローカルなコミュニティで、コモンズは守られてきたのだ。

 我々が直面している問題は、コモンズがローカルからグローバルになったとき、たとえば村の入会地から、はるかに離れたところにあるアマゾンやスマトラの熱帯雨林になったときに、この新たなコモンズを守る仕組みを持っていないということである。アマゾンやスマトラは遠く、それを失うことが自分の日常にどのような影響があるかを実感することは難しい。自分の食生活(パームオイルやコーヒー)や住生活(木材)がどれだけ熱帯雨林の乱伐採の上に成り立っているかに我々は無関心であるし、そうした情報に接する機会にも乏しい。

 我々の経済活動がグローバルになるにつれ、ローカル・コモンズの場合とは違って自分の行動の帰結を知ることは少なくなり、グローバル・コモンズを守る意味が実感されることは、ほとんどない。

 我々の向き合うべき課題は、グローバル・コモンズ――安定的でレジリエントな地球システム――を守るために、ローカル・コミュニティでコモンズを守る礎であった帰属意識や守るための社会的な規範、それに則った慣行、違反者が出たときの罰則などの仕組みを、作っていけるかどうか、である。

 ここでいうグローバル・コモンズは、国際法でいう公海、宇宙、南極大陸等のどの国の主権にも属さない領域とも、前述べたローカルなコモンズとも異なり、地球と世界の持続可能性のための新しい概念である。それが危機に陥っているのは、ローカル・コモンズを管理した仕組みが、グローバル・コモンズではうまく機能しないからであろう。いや、そもそも地球システムやその構成要素であるバイオームや生態系、循環を強調して管理することは、人類にとって初の挑戦なのだ。強調による管理の失敗によって「グローバル・コモンズの悲劇」が起こってしまうことは、どうしても避けなければならない。

 グローバル・コモンズを科学的に捉えると、「完新世のような安定とレジリエンスのある地球システム、およびそれを支える重要なサブシステム」である。それは特定の場所(海洋やアマゾン流域)や生態系・生物群系(熱帯雨林や北方林)も要素とするが、それら自体というよりは、エネルギーや物質の循環なども併せた地球の(サブ)システムが安定して機能している状態に。プラネタリーバウンダリーは、人間の経済活動が地球の容量を超えないためのガードレールというわかりやすい形でグローバル・コモンズを提示するものである。

 同時に、グローバル・コモンズには、「将来世代を含む全人類の利益のために人類が協調して守るべき対象」というガバナンスの観点からの規範的な意味もある。これまでの世界のガバナンスのあり方を規定してきた国家主権や私権(占有権、私有権、利用権など)ではそれをうまく管理できないからこそ、今の危機と課題がある。つまり、グローバル・コモンズは、既成概念を超えて、人類の共通利益のために新しいガバナンスを求めている。

 

2021年6月 5日 (土)

グローバル・コモンズの責任ある管理 ②

続き:

2 なぜ我々は人新世に踏み出してしまったのか?

 現生人類は約 20 万年前に誕生し、繰り返す氷河期をかろうじて生き延びたが、現在の文明が発展したのは、12000年前から始まった関氷期(完新世)の間である。この間地球の平均気温は上下1 ℃の変動幅の中で極めて安定した。この奇跡的に穏やかな地球環境の下で、人類は農耕文明を発展させ、都市を作って分業し、技術や制度を発展させた。文明は完新世の賜物であった。

 しかしこの経済発展のパターンは、地球の安定的でレジリエントな機能を損ない始めた。主要なエネルギー源となった化石燃料の使用によって、大気中の CO濃度は 280ppm から 410ppm に、世界の平均気温は産業革命以前に比べ 1.2 ℃も上昇。増え続ける人口を賄うための食料生産は温室効果ガス(GHG) の 35 %を排出する一方、熱帯雨林の農地転換を引き起し、生物多様性喪失の主因子となっている。

 増加する人口は都市に集中し、すでに世界人口の50%以上が都市に住む。その都市は GHG の 70%超える量を排出している。さらにアジアとアフリカで都市の形成と人口集中が進んでいく。そして Take-make-waste と言われる直線的な経済モデルが、資源・エネルギーの濫用をもたらしている。こうした現在の経済の在り方が、地球システムの容量を超えて、安定的な地球システムを毀損している。

 地球システムはこれまで、人間の活動からくる負荷をよく吸収し、定常状態にとどまろうとしてきたが、ある臨界点(tipping point) を超えると変化が連鎖し、急激に別の状態へと不可逆的な移行を始めると考えられる。

 現在、安定とレジリエンスのために重要な 15 の生物群系や生態系のうち、すでに 9 つで臨界点を超えつつある。科学者は、これが連鎖を引き起こし、灼熱地獄に転落する危険に警鐘を鳴らしている。

 我々が、完新世に近い状態の地球システムを保ちつつ、持続的可能に発展するためのガードレールを示そうとした地球システム科学者たちがいる。ヨハン・ロックストロームらは、2009年にプランネタリー・バウンダリー(地球の限界)の枠組みを打ち出し、地球を安定的でレジリエントなものにした 9 つのサブ・システムを特定した。そして我々が今どのくらい危険な状態にあるかを計測した。結果は 9 つのサブ・システムのうちすでに 4 つで臨界点を超えているか超えようとしているというものであった。

 こうした科学的知見は、我々の経済の在り方が、地球システムに負荷をかけ、その容量を超えて地球システムの重要な機能を変化させていること、そして我々が安定的な地球システムを失う危機に近づいていることを示している。人新世では、地球システムと人間の経済システムが衝突している。その根本的な解決は、我々が経済システムを変えることである。

2021年6月 4日 (金)

グローバル・コモンズの責任ある管理 ①

石井菜穂子(東京大学教授、同大学理事)さんは「世界 5」に小論を載せる。コピーペー:

1 「人新世」という特別な時代

 私たちは今、期せずして、住み慣れた「完新世」を去って、全く未知の地質時代「人新世」に踏み出すという、特別の時代を生きている。

 人類は、近代的なテクノロジーを活用し化石燃料由来のエネルギーを際限なく使用することで、経済発展を遂げてきた。その前提は、「地球はとても大きく我々の世界は小さいので、我々が何をやっても地球は大丈夫だ」という世界観であった。しかし、現実には、我々の経済活動は、まさに繫栄の礎であった安定的でレジリエント(自己回復力のある)な地球システムを壊しつつある。世界中で頻発する異常気象や地球規模の生物多様性の喪失は、その証左だ。「我々の世界はとてつもなく大きくなり、地球は小さくなって、我々の活動が地球のキャパシティを超えるようになってきた」(ヨハン・ロックストローム)のである。

 科学者によれば、20c. 半ばまでに人類は地球システムの機能やプロセスに影響を及ぼす圧倒的な存在となった。これを「人の時代」、あるいは「人新世」(the Anthropocene)と呼ぶ。「人」と「地球」の関係が根本的に変わった時代である。そこでは、人は自分たちのよって立つ地球を、自分たちの存続と繫栄のために管理する責任が生まれる。しかし我々はこの科学的事実とその意味するところをまだ十分理解しておらず、この時代を生き抜くための新たな体制を整えてもいない。

 科学からのメッセージは明白である。我々は今、人類史上の岐路にいる。このまま地球温暖化が止まらず、灼熱地獄に墜ちるのか、地球の安定性とレジリエンスを回復できる経路へ舵を切り直すのか。科学者の忠告通り平均気温上昇を今世紀末に 1.5 ℃未満に抑えるには、2050 年に脱炭素(カーボン中立)を達成すること、そしてそのために2030年までにカーボンを半減することが必要になる。これは現在の経済社会の大きな転換にによってしかなし得ない。この人類にとっての一大作業に残された猶予は、あと 10 年である。

2021年6月 3日 (木)

人間と科学 第324回 植物と薬と人間(2) ③

続き:

 2015年のノーベル生理学・医学賞は、寄生虫病に有効な 2つの天然化合物の発見に対して与えられた。これらの天然化合物の1つ目は日本人の大村智先生が放線菌から発見された抗寄生虫薬エバメクチンであり、2つ目は中国人の女性科学者・屠○○博士がクソニンジンという植物から発見した抗マラリア薬のアルテミシニンである。このアルテミシニンの発見は『肘後備急方』という中国本草の書物のたった一行の記載に基づくものであった。

 このように、植物は、それぞれの植物種やその上の分類群である属や科に特異的な二次代謝産物(あるいは特異的代謝産物)と呼ばれる化学成分を作る。これらの二次代謝産物は多様な化学構造を有し、その生物活性も多様なので、薬として使われることが多い。植物がつくる化学成分の数よりも圧倒的に多く、地球上の全植物種では100万種に及ぶと見積もられている。

 これらの多様な化学成分は多くの人の命を救い、ノーベル賞受賞にも輝く薬の開発にもつながるし、生薬や漢方薬あるいは健康機能食品成分としても私たちの日常生活にも役立っている。

 一方、糖やアミノ酸、脂質などの生命の維持に必須で、すべての植物種が生産する化学成分は一時代謝産物と呼ばれる。それに対して、特定の種や属にだけ特異的に含まれる植物二次代謝産物の役割は、近年まで必ずしも明確ではなかった。実際に、今から 46年前に私(斉藤)が大学生の時に受けた講義では、このような二次代謝産物は一時代謝経路から溢れ出た物質であるという解釈が主であり、必ずしもそれぞれの植物における生物学的な役割は明確ではなかった。

 この植物二次代謝産物の役割が明らかになってきたのは、植物における分子生物学やゲノム科学が進展した最近のことだ。

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