日記・コラム・つぶやき

2018年8月21日 (火)

ビットコインの展望 ⑥

続き:
 ③内在する価値がない
  ビットコインには、その本質的価値である「ファンダメンタルズ」が存在しない可能性が高い。例えて言えば、ビットコインを買うのは、家賃収入が得られない「投資用マンション」を買うようなものである。家賃収入という価値の裏付けはないのに、需給ひっ迫予想による高値見通しだけが独り歩きをしているのである。
  ビットコインには、配当や利子が無く、持っていても将来的に何のキャッシュフローも生み出さない。「将来ゼロ」のキャシュフローは、現在価値に変換しても理論的に「ゼロ」となる。
  このため、国際決済銀行(BIS)の報告書(2015)では、「仮想通貨の本源的な価値はゼロである」としているほか、米銀のレポート(2017)でも、「ビットコインに価値を見出すことは難しい」ものと結論付けている。
  仮想通貨には、ビットコイン以外にも約1600種類ものビットコイン類似の「アルトコイン」が誕生している。このため、ビットコインだけをみると将来的に供給が減少していくとしても、「仮想通貨全体としての供給量」は、仮想通貨の数が増えて、またそれぞれのアルトコインが発行量を増やしていくことによって、事実上、無制限に増えていくことが可能な状況になっている。
  このため、コインの需給ひっ迫予想に基づく現在の価格形成がどこまで合理的なものかについては、かなり疑問の余地が残る。
 ④ビットコインは何も生産しない
  米国有数の投資家であり、「オマハの賢人」として名高いウォーレン・パフェット氏も、ビットコインを初めとする仮想通貨には否定的で、「仮想通貨を購入することは『投資』とは言えない」としている。その理由として、彼は「ビットコインやその他の仮想通貨を買ったとしてもそれらは何も生産しないからだ」としている。
  例えば投資家が株式や投資用のマンションに対して、資金を投入したものとする。こうして調達された資金は、企業の生産活動やマンションの建設などに使われ、「何かを生産するための資金」になる。
  そして、そうした生産活動の結果として、投資家には、やがて配当や賃貸収入というかたちでリターンがもたらされることになる。このため、これらは「健全な投資」と言えるのだ。
  ところが、ビットコインには株式等のような裏付けとなるビジネスや営業活動がない。このため単に「値上がり期待」によって価格が左右されることになる。―― ビットコイン投資は「後から買うひとがより高い値段を払うことを期待しているだけ」(彼氏)なのである。
  「資産価値のうち、経済の実態から離れて上昇した部分」というのは、一般に「バブル」と呼ぶ、異常な投機熱が冷めた時点で、「本来あるべき価格」へと戻っていくことになる。こうしたあるべき水準はの回帰には時間を要するケースが多く、日本の地価の場合には、1990年代初めのクラッシュから約15年にもわたって価格が下落を続けた。
  現在のビットコイン相場は、2017年12月にバブルがはじけたあと、こうしたあるべき水準への回帰するための「時間を要する過程」にあるのだろう。
  





2018年8月20日 (月)

ビットコインの展望 ⑤

続き:
  ②価値を維持する仕組みがない
  銀行券の場合には、それに強制通用力を与えて「法貨」(リーガル・テンダー)とする法的な制度が導入されている。それに加えて、発行主体である中央銀行が銀行券の価値の裏付けとなる安全資産(国債など)を保有することによって価値を維持するという仕組みが導入されている。
  つまり、法的な根拠があり、また発行主体がしっかりとした裏付け資産(アンダーライイング・アセット)を持つことによって、人々の信任が得られるような仕組みが制度化されているのである。
  しかし、ビットコインの場合には、前述の「政府に管理されたくない」という発想に基づいて開発されているため、法的な枠組みがまったく存在していない。また、そもそも誰の負債でもないものとして発行されているため、ビットコインの価値を維持するために、負債に対応して裏付けとなる資産を持つといった発想が入る余地はまったくない。
  ビットコインの価格低下を防ぐための仕組みとしては、
 ①2100 万 BTC という将来の発行上限が予め設けられていること、および
 ②4年に1度の頻度で発行量が半減していくこと、がある。
  しかし、このようなルールに基づく硬直的でメカニカルな仕組みは、サトシ・ナカモトの予
 想に反して通貨価値の安定につながっておらず、― 投機を煽って、結果的に価格変動
 を大きくしている面が強い。





21

2018年8月19日 (日)

ビットコインの展望 ④

続き:
(3) 「価値の保蔵手段としてのビットコイン」
  通貨の三つ目の機能である「価値の保蔵手段」に就いては、ビットコインは機能しているのだろうか。
  ①価値を保存できる保証はない
 
  「価値の保蔵手段」の機能についても、高いボラティリティのため、将来に向けて価値を保存できる保証はない。例えば、2017年12月のビットコインの価格高騰期に1BTC=200万円で購入した人は、2018年6月半ばの時点で70万円程度と保有する価値を約 1/3 にまで減らしており、価値の保蔵に失敗している。
  株式の場合には、PER (株価収益率)やPBR (株価純資産倍率)といった投資指標があり、株価が割高や割安であるかの判断の材料とされる。
  一方、ビットコインには、こうした価格のアンカーとなる指標が無く、何を基に割高とするのか割安とするのかという基準が存在していない。このため、現在のビットコインの価格水準が割高? or 割安? 誰にも判断できないという状況になっている。
  こうしたことから、先物市場の創設といった好材料が出ると急速に値上がりする一方で、ハッキング事件の発生や各国における規制強化といった悪材料が出ると、それに敏感に反応して一方的に売られるといった一方向に傾いた相場展開になりがちであり、その分、変動幅が大きくなりやすくなっている。





2018年8月18日 (土)

ビットコインの展望 ③

続き:
(2) 「価値の尺度」としてのビットコイン
 「価値の尺度」は、例えば、Tシャツが2000円、タクシー代が3000円、アイスクリームが200円などといったように、異なったモノやサービスを共通の尺度で表す機能である。
 残念ながら、この点についても、ビットコインの利用はかなり限定的である。これは、ボラティリティの大きさが影響している。ビットコインの価値が刻々と変動していくため、ビットコインで価格を表示するためには、店舗側では、一日のうちに頻繁に価格表示を変える必要がある。
 これは、レストランでメニューの価格を改定するコストとして、経済学では「メニュー・コスト」と呼ばれる概念である。頻繁な価格改定をすることは、高いメニュー・コストを伴うことになる。一方、逆にビットコイン建ての価格を一定にしておけば、販売価格が実勢に比べて割高や割安になってしまうリスクが発生することになる。
 マスコミでは、家電量販店、メガネ専門店、カフェ、美容室など、ビットコインで支払いができる店舗が増えてきていることが報じられており、一見するとビットコインによる価格設定や支払いが普及してきているように見える。
 しかし、これらの店舗においては、価格変動制の大きさから、実際には価格表示は3000円や10000円などの法定通貨建てで行っておき、支払い時点の換算レートでビットコイン建ての値段に変換して支払いが行っているケースが多いのが実情だ。
 つまり、ビットコインが、価格の尺度として実質的に機能しているとは言い難い状況である。
 なお、こうしたビットコインが使えることを「売り」にしている店舗では、実際の受払いのためというよりは、むしろ「ビットコインで決済できる」という先進的なイメージを打ち出すためのマーケティング戦略として採用しているケースが多い。
 上の述べた交換手段としての限界から、こうした店舗でも実際にビットコインによる決済がどんどん増えているという訳ではないという点には注意が必要である。





2018年8月17日 (金)

ビットコインの展望 ②

続き:
2 「通貨の三大機能」からみたビットコインの将来性
 こうしたビットコインの根底にある思想について理解したうえで、次に、そもそもビットコインは、円や米ドルなどの法定通貨を脅かすような「通貨」になりうるのかどうかに就いて考えてみたい。
 従来から、通貨には、大別して、三つの機能があるものとされてきた。それは、①一般的交換手段(モノやサービスを手に入れる機能)、②価値の尺度(モノやサービスの価値を客観的に表す機能)、③価値の保蔵手段(将来に備えて価値を蓄えておく機能)、の三つである。
 これらの三つの観点~機能と将来性に就いて。
(1) 「一般的交換手段」としてのビットコイン
 「一般的交換手段」としての機能は、―― 「おカネとしての機能」で、決済手段や交換手段としての機能とも呼ばれる。しかし、現在、ビットコインを交換手段(おカネ)として利用している人は、ごく限定的である。
 ①通貨から資産への変質
 これには、ビットコインに内在する仕組みが、その原因の一つとなっている。ビットコインには、2100万BTCという発行上限が予め定められている。サトシ・ナカモトがこうした発行上限を設けたのは、貨幣発行量の増加によるインフレ(通貨の値下がり)防止のためであったものとされている。そして、ビットコインの新規発行量は、この上限に向けて、4年毎に半減していく仕組みになっている。
 ビットコインに対する需要が増加(または一定)する中で、将来の供給が減少していけば、需要と供給の関係から、必然的に値上がりするしかない。そのように考えた人々が、需給ひっ迫による値上がり期待から群がるように買っているのが実態だ。
 いずれ値上がりすると思っていれば、誰も日々の支払いに使おうとはしない。つまり「明日値上がりすると思うものは、誰も今日の支払いには使わない」のである。
 このため、ビットコインは、交換手段(おカネ)としてはほとんど使われなくなっており、「投機用の資産」へと変質してしまっている。ビットコインの性格は、「通貨」~「資産」へと大きく変容しているのである。
 最近では、「仮想通貨」ではなく「仮想資産」(バーチャル・アセット)と呼ばれるようになっている。先に述べたブエノスアイレスG20でも、共同声明の中で、もはや仮想通貨ではなく「暗号資産」(クリプト・アセット)と呼ぶべきであるとしている。
 ②高いボラティリティ
 こうした値上がり期待に加えて、ビットコインの価格の乱高下もおカネとしての利用を妨げている。1日で10%値上がりしたり、20%も値下がりしたりするようなものは、交換手段には適さない。
 決済手段として使うためには、「価格が安定していること」が大前提となる。ビットコインは、「ボラティリティ」(価格変動制)が大きすぎるため、買い手にとっても売り手にとってもリスクが大きすぎて、支払手段として使えない状態になっている。
 ③ビットコイン取引量の限界
 ビットコインの取引量に制約がある点も、交換手段としての利用に限界をもたらす。ビットコインには、「ブロックチェーン」という、10分ごとに「ブロック」(一種の帳簿)を作成することで安全性を確保する技術が使われている。
 そのブロックの大きさは、最大「1メガバイト」に定められている。10分間の取引をこの1メガバイトの容量に収めるために、ビットコインの取引は、実は世界で「1秒間にわずか7件」が限界となっている。
 このようにビットコインのネットワークは、実際には、けっこう非力なシステムなのである。米国のスターバックスでは、ビットコインでの支払いが可能となっているが、皆がコーヒー代の支払いなどに使い始めると、すぐにパンクしてしまうことになる。このような限定的な取引能力によって、全世界のモノやサービスの取引をまかなうこと到底無理なのではないかとみられる。
 ちなみに、クレジットカード「VISA」のネットワークである「VisaNet」では1秒間に世界で5万件以上の取引の処理が可能。1秒間に7件というビットコインの処理能力をこれと比べると、おもちゃのようなシステムであるように思える。
 サトシ・ナカモトが作ったのは、まだ実験段階のシステムであったのでないかとも推察される。これが果たして世界中で決済手段として使われ、「世界を変える通貨」になっていくのかについては、かなり疑問があるものと言えよう。
 





2018年8月16日 (木)

ビットコインの展望 ①

中島真志(金融学者、麗澤大学経済学部教授)さんの研究文を上述する。コピー・ペー:
 そもそもビットコインは、何のために作られたのかについて検討することとする。その上で、ビットコインが円や米ドルなどの法定通貨を脅かすような「通貨」となりうるかについて考察する。この点については、「通貨の三大機能」の点から考えてみる。
1 ビットコインの背景にある思想は
(1) トラストレスのシステム
 よく知られているように、ビットコインは、サトシ・ナカモトという謎の人物が、2008年に発表した論文をもとに作られた仮想通貨だ。この論文の中で、サトシ・ナカモトは、「信頼関係のない者同士で価値のやりとりできる仕組みを作りたいのだ」としている。
 つまり、「トラストレスのシステム」を作ることが目的であったのだ。
 これまで用いられてきた通常の決済システムに於いては、AがBに送金しようとすると、Aの取引銀行(送金銀行)からBの口座がある銀行(受取銀行)に対して、送金を行うことになる。そして、送金は、銀行間の決済システムや中央銀行を通じて処理される。
 このとき、送金人と送金銀行、各銀行と中央銀行、受取銀行と受取人等の間には、それぞれ信頼関係が構築されており、送金は、こうした信頼関係に基づいて処理されていくことになる。
 「信頼関係のないところにには金融取引は成立しない」というのがこれまでの金融の大原則であったのである。
 一方、サトシ・ナカモトが考えたのは、この大原則に反して、CとDがお互いに顔も名前も知らず、相互に信頼関係がないとしても、両者の間で、直接的に送金(価値の移転)が出来るようにしようということであった。
 実際、ビットコインでは、相手のビットコイン・アドレスさえ分かっていれば、まったく面識もない相手に対して、相手がどの国に住んでいたとしても、直接コインを送ることが可能になっている。
(2) リバタリアンのコイン
 ではサトシ・ナカモトは、どうしてこうしたトラストレスのシステムを作ろうとしたのであろうか?
 それは「誰にも管理されずに、自由に世界中に送金できるようにしたい」というのが究極の目的でもあったものとされている。
 このため、ビットコインでは、中央の管理主体を作ることが注意深く避けられており、ビットコインの送り手と受け手とは、P2P型ネットワークにおいて分散型で取引を行い、その取引の承認もネットワーク内で分散的に処理されることになっている。
 もし「中央の管理主体」を作ってしまうと、そこが政府による規制の対象とされる可能性がある。
 そうすると、ビットコインのネットワーク全体が規制の対象になってしまう可能がある。こうした危険性を避けるために、ビットコインは意図的に「中央が存在しないシステム」となるようにデザインされているのだ。
 「世界中に自由に送金できるシステムを作るのだ」という部分のスローガンをみると、なんと素晴らしいグローバルな発想であるのかと思うかもしれない。しかし、その前にある「誰にも管理されず」という部分には注意が必要。
 「誰にも」とは、誰のことを指すのであろうか。時として国境をまたいだ送金や資金の流れを規制するのは、各国の政府や中央銀行である。つまり、サトシ・ナカモトの発想を意訳すると、「政府や中央銀行に管理されないで、自由に世界中に送金できるようなシステムを作りたい」というのが真の狙いであったことになってしまう。
 こうしたことから、ビットコインは、「リバタリアンのコイン」とも呼ばれる。リバタリアンとは、「自由至上主義者」のことで、個人の自由を重視し、それに規制を加えるような国家の規制を最小限度にとどめようとする思想の持ち主のこと。
 ビットコインは、こうしたリバタリアンの思想に基づいて作られたものなのである。
 このようにみてくると、ビットコインを作った発想の根源には、政府の規制を逃れようとする反政府・反権力的な思想が潜んでいることが分かる。― 言い換えれば「アナキスト」(無政府主義)的な発想と呼んでもよいかも知れない。
 マスコミでは、ビットコインが値上がりしたとか、それで儲けた「億り人」が誕生した側面ばかりが大きく報道されることが多いが、実は、その開発の源流には、こうした反政府的な思想が隠されていることを知っておいた方がよいものと思われる。
(3) 規制に向けた動きは不可避だ
 ビットコインが「政府や中央銀行に管理されない」という発想に基づく通貨である以上、犯罪、マネーロンダリング、テロ資金、規制逃れなどのために利用されやすくなることは、ある意味で当然の帰結であるとも言えよう。
 社会のルールをしっかりと守って、清く正しく生活している一般の人々には、信頼関係に基づく既存の銀行システムを外れたところで、匿名性の高い通貨を利用する必要性は特別に存在しないのである。
 逆に、こうした通貨を必要とするのは、何らかの理由で匿名性を必要とするようなやや「後ろめたい取引」を行う人々ということだ。このため、闇サイトに於ける違法薬物の販売などでみられたように、「非合法の決済ツール」として使われる蓋然性が高いものとも言えよう。
 そうした非合法的な利用が目立ってくると、当然、当局サイドでは、こうした仮想通貨を「規制すべき」という議論が出てくることになる。ビットコインが規制逃れのために使われていた中国では、すでに2017年秋に主要取引所を全面的に閉鎖するという強硬措置が取られている。
 わが国でも、2017年4月に、「改正資金決済法」を施行して、仮想通貨交換業者(仮想通貨取引所)に対する登録制を導入しているほか、NEM (ネム)の巨額流出事件を契機として、交換業者に対するさらなる規制強化に向けた議論が行われている。
 また、2018年3月にブエノスアイレス(アルゼンチン)で開催された G20 (主要20ヶ国首脳会議)でも、仮想通貨に対して、グローバルな規制を検討していく方向性が打ち出された。
 今後、仮想通貨市場の分析・調査を行ったうえで、セキュリティやマネーロンダリングといった問題に対処すべく、規制や勧告を打ち出していく方針である。
 今後、仮想通貨に向けたグローバルな規制強化が不可避な情勢であるものとみられる。





2018年8月13日 (月)

文明と歴史、そしt病気(3)― ③

続き:

 だが、きれいごとではなかった。カナダに残されている記録では、メイフラワー号到着に先立つ1616年から1617年にかけてマサチュセッツ一帯に疫病が大流行した。ネイティヴの人口が減少した時に清教徒たちが来たので、比較的抵抗が少なかったらしい。

 ところが、1630年になって清教徒たちとマサチュウセッツ族に諍いが起こり、次いで痘瘡の大流行で部族側は壊滅的打撃を受け、ついには州名としてだけ残ることになってしまった。やがて、白人たちは周囲の部族を追いつめながら、植民地を広げていく。

 ネイティヴたちの疫病を、清教徒たちは神の恩寵と感じていた。1634年発行の New England's pros-pect に次のように書かれている。

 「主は痘瘡をもって彼らを打ち給い、争いに決着をつけられた。主はかくして彼らの闘争的な精神をただし給い、我ら主の軍勢の、これから来る者たちのために、その入るべき場所を空け給うた」

 痘瘡流行は北米大陸全般で見られ、4万人いた集落で数百人しか生き残れなかったという記録もある。ヨーロッパ人到着前のネイティヴの人口は2000万人以上といわれているが、20c.初めには25万人に減少してしまった。百年後には200万人以上に回復したが、それでもかっての 1/10 である。故意のバイオ・テロでなくても、ヨーロッパ人との出会いが大量死をもたらしたのだ。

 同じようなことが南米のインカ帝国でも、中米のマヤ文明でも、オーストラリアでも起こり;白人と接触するやいなや立ちどころに原住民は疫病に罹り、億単位の人々が死んでしまっていた。

 免疫などの抵抗力のない世界各地の原住民に、痘瘡をはじめ、麻疹や結核、チフス、赤痢、それにアフリカからの黒人が持ち込んだマラリアや黄熱病が襲いかかり、人口は90%以上も減少したこともある。ダーウインもこの現象を記載している。

 「ヨーロッパ人が歩みを運ぶところは、いずこも死が原住民を追及しているようにみえる…(中略)…原住民とヨーロッパ人が出会うところは、いたるところで例外なく熱病、赤痢そしてその他のいくつかの病気が発生し、大量の人々を奪い去る」

 さすがに彼は神の恩寵とは書いていないが、人種間でみられた適者生存の好例と考えていたようだ。

 文明の衝突はウイルスや細菌の衝突でもあり、新大陸からは梅毒がヨーロッパに、次いでアジアに渡り、世界的流行を起こした。が、王様などの個人的罹患で歴史の流れは多少の影響を及ぼしたものの、大量死で文明を崩壊させるほどではなかった。

 今日、アメリカやイギリスが生物兵器やバイオ・テロに敏感なのは、そのような歴史のどす黒い記憶があるからかもしれない。



2018年8月12日 (日)

文明と歴史、そして病気(3)― ②

続き:

 何年かして医学生になり、そのシーンの意味が理解できた。平和であった部落に、白人が災厄をもたらしたのだ。プレゼントが交易で、痘瘡ウイルスだらけの毛布を免疫のないネイティヴたちに与えて疫病を流行らせた。

 ハンサム男性は、復習としてその毛布を被らせられて放置され、痘瘡の苦しみと無残さを味わうことになったのだ。

 この映画は実話を基にしている。1763年、アメリカ独立戦争に先立つフレンチ・インデアン戦争は、フランスとネイティヴ・アメリカンの同盟軍とイギリス軍が戦った植民地戦争であったが、イギリス軍は痘瘡病院から取り寄せた毛布とハンカチーフを配った。

 さらに独立戦争でも、ワシントンの率いる植民地軍に対しても同じ手を使ったという。イギリス人は、予防的に痘瘡患者の痂皮を鼻から吸い込む人痘法で免疫をつけていたという。

 11月下旬にニューイングランドのケープコッドを訪ねたことがある。大西洋に飛び出した砂州の半島で、1620年にイギリスからメイフラワー号で逃れてきた清教徒たちが上陸した地点である。千島列島なみの高緯度で、ひょうひょうと吹く風は大粒の砂を含んでいてまさに身を切っていたし、激しく打ち寄せる波のしぶきもことさらに冷たかった。

 ピルグリム・ファーザーズ(巡礼の父たち)と呼ばれる彼らにも決して楽園ではなく、約半数はその冬を越せなかったという。この時、清教徒たちは原住民と取り決めを結び、また彼らから冬の過ごし方やトウモロコシの栽培の仕方などを教えてもらった。

 一年後、生き残った人たちが収穫を喜び、晩秋に感謝祭を祝ったのだという。現代のアメリカ人にとっては離れている家族が集まり、絆を確認する大事な祝日となっている。

 



2018年8月11日 (土)

文明と歴史、そして病気(3)― ①

「人間と科学」 第290回 小長谷正明(鈴鹿病院名誉院長)さんの文章を載せる。コピー・ペー :

 アメリカに留学中は、中古のシボレーで1日に7、800キロドライブをして回った。ところが、ハイウェイを走っていると、しばしば奇妙な感じに襲われた。オキチョビー、バマンキー、ナラガンセットなどの地名は、明らかにネイティヴ・アメリカン(インデアン)の言葉だが、その人たちはいない。

 考えてみれば、聞き慣れたマンハッタンも、ポトマックも、ペリーの黒船サスケファナもそうなのだ。だが、それらの言葉を話していた人達の姿は見えない。フロリダやヴァージニアの湿原の中や、ニューイングランドの片田舎、西部のバドランドなどの狭い居留地に辛うじて住んでいた。

 ロス・アンゼルス(スペイン語)の国際学会の後で、西部をドライブし、グランド・キャニオンの近くで給油した時、初めて観光業以外の仕事に就いているネイティヴ・アメリカンの青年を見た。こちらの片言の英語に怪訝な顔をして、ぶっきら棒に料金を請求してきた。

 この辺りはナヴァホ族の居留地だが、荒地ばかりだ。グランド・キャニオンの底にまでカイバブ族の集落があった。

 子どもの頃に『大酋長ポンティアック』という西部劇を見た。ハンサムな白人男性がネイティブの部落にやってきて、そこの乙女との恋や、戦闘もあったが、最後が衝撃的であった。主人公は、茜色の草原に立つ棒杭に縛りつけられ、長い羽飾りの大酋長が彼の前に立ちはだかって毛布をグイッと被せ、馬に乗って夕陽に向かってさっていく。

 残された彼は太陽にあぶられ、苦痛の表情で喉の乾きを口にするが、誰も来ない。やがて、顔に斑点が出て、時間とともに、増えてきた。いっぱいの赤紫色の水疱で、おぞましい顔になった彼が、首を垂れたところで、映画は終わった。きっと、筆者の顔もひきつっていたのであろう。『四谷怪談』のお岩様よりもはるかにリアルで恐ろしく、かなり後々まで天然痘という言葉を聴く度に、恐怖心とともに赤黒い斑点だらけの顔が脳裏に浮かんできた。今日でいう心的外傷である。



2018年8月10日 (金)

Report 2018 高齢者と牛乳 ②

続き:
 また、国立長寿医療研究センターが愛知県大府市と知多郡東浦町の住民から募った40代~70代の人を対象に、生活や病歴、体力、食事、認知機能などを1997年から継続的に調査している「国立長寿医療研究センター・老化に関する長期縦断疫学研究」では、総計3983人(第1次~第7次調査)の調査データのうち、60代、70代の人について認知機能の低下リスクを解析した。
 結果、特に女性では乳製品の摂取量に応じて認知機能リスクに有意な差があり、乳製品の摂取量が128g/日増えるごとにオッズ比は0.08、すなわち認知機能の低下リスクは2割減るという結果になった。
 また、脂肪酸に着目した解析では、牛乳に含まれる短鎖脂肪酸の1つである酪酸の摂取が180.5mg/日増えると認知機能低下リスクが約15%下がることが分かった。酪酸180.5mgは普通牛乳150gに含まれる量に相当する。
 牛乳・乳製品は、口腔についても、歯周組織の強化や歯質の再石灰化作用、むし歯になりにくくする効果があるとされる。
 脱落歯は歯の保存液が無い場合には応急的に牛乳に浸漬しておくと再植の予後が良いことも知られている。
 さらに、新潟大学のグループが70歳以上の高齢者600人の口腔内および全身状態と栄養摂取状況について6年間追跡した研究では、牛乳・乳製品の摂取量は根面う蝕発症歯数と統計学的に有意な関連があることが報告されている。
 もちろん牛乳を飲むだけで認知機能の低下を予防し、フレイルや寝たきりにつながる栄養状態低下を妨げたりするとは限らないが、これらの研究結果は、牛乳・乳製品を摂取しない食生活が高齢者の健康のリスク要因になる可能性があることを示している。
 牛乳は動物性たんぱく質や脂質、カルシウム、ビタミンA、B群などを含む栄養学的にきわめてバランスの良い食品であり、しかも調理しなくても手軽に摂取できることから、高齢者には特に飲用が推奨されている。
 しかし、前に述べた国立長寿医療研究センターの調査では高齢者の3割は、牛乳・乳製品をほとんど摂取していないという実態も明らかになっている。





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