日記・コラム・つぶやき

2019年12月 6日 (金)

Science 硬組織の維持に働く幹細胞の新たな研究手法と最近の知見 ③

続き: 

 

2. 細胞系譜解析を用いた骨髄間葉系幹細胞の同定

 

1) 骨の発生過程における骨髄間葉系幹細胞の起源

 我々は、細胞系譜解析により、骨髄間葉系幹細胞を生体内で同定することを試みた。Osterix(Osx)は、間葉系幹細胞から骨芽細胞への分化に必須な転写因子だ。興味深いことに、マウス胎生期の骨が発生する部位に出現する軟骨原基には、広範囲な領域にOsxの発現が観察された。以上の所見から、骨の成長過程にOsxを発現する細胞の中に、成体の骨髄間葉系幹細胞の起源となる細胞が含まれることを予測し、Osx陽性細胞の細胞系譜解析を試みた。

 タモキシフェンの投与に依存して、Osx陽性細胞でTomato蛍光タンパク質の発現が上昇する遺伝子改変マウス(以下、Osx-CreERT2/Tomatoマウス)を作製した。

 新生存期(生後5日齢)のOsx-CreERT2/Tomatoマウスへのタモキシフェン投与1日後では、長管骨の骨組織の周囲に限局してTomato陽性細胞が認められた。一方、タモキシフェン投与の3週間後では、骨組織周囲に加え骨髄全体に走行する血管に近接した場所にTomato陽性細胞が骨髄間質細胞(以下、Osx由来間質細胞)として出現した。Osx由来間質細胞は、長期間骨組織に残存することが明らかとなり、この永続的な存在様式は幹細胞の特徴の一つである自己複製能を彷彿させた。

 

2) Osx由来間質細胞の多分化能の検討

 Osx由来間質細胞が幹細胞であることを証明するために、骨芽細胞への分化能を細胞系譜解析により検討した。Osx由来間質細胞で特異的に発現する分子を検索した結果、レプチン受容体(LepR)が陽性であることを見い出した。LepR陽性細胞でTomato蛍光タンパク質が発現する遺伝子改変マウス(以下、LepR-Cre/Tomatoマウス)を作製して、LepR陽性細胞の挙動を観察した。

 3週齢のLepR-Cre/Tomato マウスではTomato陽性細胞が骨髄組織全体に認められたが、骨芽細胞および骨細胞はTomatoが陰性であった。一方、15週齢の骨組織ではTomatoの発現が骨髄間質細胞だけでなく、骨形成細胞に観察された。以上の所見から、LepR陽性細胞は、成長に伴い骨形成細胞に分化することが生体内で実証された。

 さらに、LepR陽性細胞の多分化能を、細胞系譜解析により検討した。その結果、骨髄の脂肪細胞及び骨折の治癒過程に出現する軟骨細胞も、LepR陽性細胞に由来することが示された。以上の所見から、LepR陽性細胞が成体の骨髄間葉系幹細胞(以下、LepR間葉系幹細胞)であり、新生仔期にOsxが陽性の細胞集団には、その起源となる細胞が含まれることが示された。

 

3) 骨の発生時期に働く間葉系幹細胞

 注目するべきことに、生後間もない時期の骨芽細胞は、LepR+間葉系幹細胞に由来しない。若齢期では、LepR+間葉系幹細胞とは異なる細胞が、骨芽細胞を供給することを示唆する。

 アメリカのKronenbergらは、骨組織の発生部位に出現する軟骨原基でⅡ型コラーゲン(ColⅡ)を発現する細胞の系譜解析を行い、ColⅡ陽性細胞がLepR+間葉系幹細胞の起源であることを示した。重要なことに、成長期のマウス骨組織において、ColⅡ陽性細胞はLepR*間葉系幹細胞を介さずに直接的に骨芽細胞に分化する。

 以上の所見から、①個体の発生時期には骨の急激な成長に対応してColⅡ陽性細胞が骨芽細胞を供給すること、②成長期以降では、LepR+間葉系幹細胞が幹細胞として機能して骨芽細胞を供給することにより、緩やかな骨のリモデリングに貢献することが推察された。

2019年12月 5日 (木)

Science 硬組織の維持に働く幹細胞の新たな研究手法と最近の知見 ②

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1. 遺伝子改変マウスを用いた細胞系譜解析

 

 細胞培養の実験で、骨髄間葉系幹細胞の生体内における動態を理解することは難しい。以下に示す技術を用いて特定の細胞種を標識し、その挙動を経時的に観察する実験系が考案され、幹細胞の評価が生体内で可能になった。

 

1) Cre/lox システムにより生体内の細胞を標識する原理

 Creは、バクテリオファージ P1 に由来する DNA の組み換え酵素であり、loxP と呼ばれる配列に挟まれたDNA領域を除去する性質を持つ。GFP や Tomato などの標識遺伝子(レポーター遺伝子)の上流に loxP 配列で挟み込んだ stop 配列(loxP-stop-loxP)を配置する。通常では、レポーター遺伝子は発現しないが、そこへ Cre 組み換え酵素が作用すると stop コドンが外れてその発現が誘導される。また、マウス染色体上の ROSA26と呼ばれるゲノム領域に人為的に導入された遺伝子は、ほぼすべての組織で発現する。

 したがって、ROSA26遺伝子座に、上述したloxP-stop-loxP/レポーター遺伝子を導入したマウスでは、いかなる細胞で Cre が活性化した場合でも、それに対応してレポーター遺伝子の発現が上昇し、細胞が標識される。

 

2) 特定の細胞を標識する原理

 前述の Cre/loxP システムを用いて、生体における単一の細胞種のみを標識するためには、Cre を特定の細胞だけに発現させる必要がある。生体における各種細胞間の遺伝子の発現は異なるが、この細胞特異性を利用することにより、単一の細胞種での Cre の発現が実現する。遺伝子発現は、遺伝子をコードするDNA領域の上流に位置するプロモーターと呼ばれる部位に転写因子が結合することにより誘導される。

 したがって、目的細胞で特異的に活性化するプロモーター領域の下流に Cre をコードする遺伝子を配置した遺伝子改変マウスでは、目的の細胞のみで Cre の発現が誘導される。以上の細胞特異的な Cre の発現遺伝子と、レポーターシステムを組み込んだ遺伝子改変マウスを用いて、生体内で目的の細胞のみを標識することができる。

 

3) 細胞を標識する時期を制御する原理

 生体内で Cre を発現させるタイミングを人為的にコントロールすることにより、細胞を標識する時期を調節することができる。エストロゲン受容体(ER)の変異体(ERT2)は、エストロゲンとの親和性がなく、その類似化合物であるタモキシフェンと結合する。

 Cre と ERT2の融合タンパク質は、通常は細胞質に局在するが、タモキシフェンと結合すると核に移行して Cre の活性が機能する。すなわち、タモキシフェンを投与するタイミングで、目的の細胞を標識することができる。タモキシフェンの生体内での半減期が48時間以内であるため、誘導された Cre の機能発現は一過性である。

 標識された特定の細胞を長期間にわたり観察し、その永続性(自己複製)と子孫細胞への多分化能を観察することにより、生体内における幹細胞性を評価することができる。

2019年12月 4日 (水)

Science 硬組織の維持に働く幹細胞の新たな研究手法と最近の知見 ①

溝口利英(東京歯科大学口腔科学研究センター准教授)さんの研究文を載せる。コピーペー:

 

はじめに

 

 骨は生体を支え、内部に満たされた骨髄では造血を営むことにより生体を維持する。骨髄間葉系幹細胞は、骨が運動器および造血器として機能を発現するための中心的な役割を担う。すなわち、骨を作る骨芽細胞に分化して骨の強度を保つと同時に、血液の幹細胞(造血幹細胞)の維持と分化を制御する。

 骨髄間葉系幹細胞に関する研究の歴史は古く、1960年代に Friedenstein らが行った実験にさかのぼる。彼らは、移植した骨髄細胞が造血を伴う骨組織を形成することを見い出し、

骨髄間葉系幹細胞の存在を提唱した。また、骨髄に含まれるすべての細胞を培養し、その中で線維芽細胞様のコロニー(CFU-F)を形成し、さらに骨芽細胞、脂肪細胞、軟骨細胞などへの多分化能を示す細胞を間葉系幹細胞とした。以上の移植および培養実験系は、現在も汎用される有用な評価方法である。しかしながら、幹細胞の生体内における動態を理解するには不十分だった。

 遺伝子改変マウスを用いた研究手法は、細胞の局在を生体内で捕らえ、その挙動を経時的に観察することを可能にした。その結果、間葉系幹細胞の骨髄内でのダイナミックな動きが明らかになったきた。本稿では、以上の研究手法に触れ、そこから得られた知見を基に、骨代謝における骨髄間葉系幹細胞の重要性を概説する。

 さらに、骨と並ぶもう一つの硬組織である歯に存在する歯髄幹細胞についても、生体内での動態に着目した研究が進んでいる。歯髄幹細胞が関わる歯の修復機構における最近の報告、および我々が得た所見を紹介する。

2019年12月 3日 (火)

エピジェネティクス ―生命科学の新しい必修科目―(2) ③

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■エピジェネティクスのキモ:ヒストンコードと DNA のメチル化

 

 DNAは、数珠あるいはネックレスのように、ヒストンというタンパク質に巻き付いている。昔は、ヒストンは、DNAが核の中でもつれないようにするため存在していると考えられていた。しかし 20c.の終わり頃、ヒストンの尻尾であるヒストンテールがアセチル化という化学装飾を受けると、そのあたりに巻き付いている DNA 上の遺伝子が発現しやすくなる、

 即ち、読みなさいという付箋が付けられた状態になることが分かった。他にも、ヒストンがメチル化修飾を受けると、遺伝子が発現しやすくなったり、しにくくなったりする。すなわち、読みなさいという付箋(=活性的メチル化)や、読んではいけませんという付箋(=抑制的メチル化)がついた状態になることなどが分かってきた。

 このように、ヒストンの化学修飾が遺伝情報の発現を制御するための「記号」として機能するので、ちょっとかっこよく「ヒストンコード」と呼ばれている。では、巻物の例であげた伏せ字もあるのかというと、これも実際に存在する。DNA の4つの文字である ACGT のうち、C だけがメチル化修飾を受ける。ごくおおざっぱにいうと、シトシンがメチル化を受けると、伏せ字にされて文章が読めなくなるかのごとく、その遺伝子が発現しなくなる。

 

 さて、エピジェネティクスの分子基盤の基礎の基礎、理解できたでしょうか。大事なところはいま、一度も二度も読み直して確認してください。

 次回はうんと具体的で、「エピジェネティクスはいったいどのような生命現象に関係しているか」の話題です。

 そういったトピックスを理解するために、「ヒストンがアセチル化されると遺伝子発現は促進される」ということと、「DNAがメチル化されると遺伝子発現は抑制される」ということだけはしっかりと頭に入れておいてください。

 

 

2019年12月 2日 (月)

エピジェネティクス ―生命科学の新しい必修科目―(2) ②

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■遺伝子を「巻物」の文章にたとえてみる

 

 遺伝子発現を説明するためのアナロジーとして、2万個の文章からなる巻物を想像してほしい。それぞれの細胞において、すべての遺伝子が発現しているわけではない。巻物にたとえると、すべての文章が読み出されてはいない、ということに相当する。そのために、巻物には、この文章は読んでください、あるいは、読んではいけません、という付箋がつけられている。そして、一部の文章は読めないように伏せ字にされている、と考えてみよう。こうすれば、一部の文章だけをひろい読むことができて、ひとつの物語ができあがる。

 同じ文章が書かれている巻物であっても、付箋や伏せ字によって読み出し方を変えると、―いま、太郎、次郎、花子の人物の文章とする。―この3人の人間関係が違ったものとして浮かび上がってくる。細胞にたちもどってみると、それぞれの細胞において、「付箋や伏せ字の状態=エピジェネティクスの状態」によって、「読み出される内容=細胞の性質」が決められる。ということになる。

 付箋や伏せ字といわれても、文章と遺伝子は違うじゃないか、と思われるかもしれない。しかし、遺伝子やゲノムにも、分子レベルにおいて、付箋や伏せ字にほぼ匹敵する状態が存在する。それこそがゲノムに上書きされた情報、エピジェネティクスなのである。それはいったいどのようなものなのか。

 次に、ゲノムあるいは遺伝子における「付箋」と「伏せ字」の分子実体について、ごくかいつまんで説明してみたい。

 

2019年12月 1日 (日)

エピジェネティクス ―生命科学の新しい必修科目―(2) ①

「人間と科学」第306回 仲野徹(大阪大学大学院生命機能研究科時空生物学・医学系研究科病理学教授)さんの医学小論を載せる。コピーペー:

 

 エピジェネティクスの概念は難しい。とよく言われる。確かにそうかもしれません。そこで、ちょっと見方を変えて、分子レベルでどうなっているのか、即ち、概念よりも物質的に理解してみることを提案したいと思います。そのほうが間違いなくスッキリします。もっとややこしいのではないかと危惧されるかもしれませんが、その基礎はかなりシンプルなので、がんばって読んでみてください。それだけで、エピジェネティクスについての理解が飛躍的に進むことを保証します!

 

■DNA、遺伝子、ゲノム

 

 遺伝情報は細胞核内のDNA(デオキシリボ核酸)に蓄えられており、そのDNAは、アデニン(A)、シトシン(C)、グアニン(G)、チミン(T)という4種類の塩基が延々と連なった分子だ。化学的な性質から、AとT、CとGは対(塩基対)を作り、有名な二重らせん構造をとっている。また、ヒトの細胞には60憶もの塩基対があって、その総体、即ち、全遺伝情報がヒトゲノムである。

 遺伝子とは、DNAの塩基配列(=A、C、G、Tの並び方)によってコードされている遺伝情報のことで、ゲノムには約2万個の遺伝子が存在。もう少し分かりやすくいうと、遺伝子とは、このようなタンパク質を作りなさいという指令書のようなもの。あくまでも情報であって、個々の遺伝子が直接的に機能を発揮するわけではない。機能発現のためには、それぞれの遺伝子がコードするタンパク質が作らなければならない。このことを「遺伝子が発現する」という言い方をする。

 どの細胞も同じゲノムと遺伝子のセットを持っているが、それぞれの細胞において、すべての遺伝子からタンパク質が作られているわけではない。ある細胞では、限られた種類の遺伝子、主要なものとしては数千個程度しか発現していない。こういった状態をもたらすには、この遺伝子は発現させましょう、この遺伝子は発現させないでおきましょう、という指示が必要である。そのための「しるし」、もう少し厳密に言えば、遺伝子の発現を制御するためにゲノムに上書きされた情報こそがエピジェネティクスなのである。

2019年11月30日 (土)

Clinical 口腔症状を契機にHIV感染が判明した症例 ⑦

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※ 口腔症状のまとめ

             口腔病変                                         病変数                   %
口腔カンジダ          11              34.4
腫瘍          6              18.8
      カボシ肉腫(4) 悪性リンパ腫(2)      
口内炎・口腔潰瘍          5              15.6
白斑                       3               9.4
頬部~口腔内の腫脹          3               9.4
毛様白板症          1               3.1
壊死性潰瘍性歯肉炎          1               3.1
水疱(帯状疱疹)          1               3.1
口腔鼻腔瘻          1               3.1
          合   計          32              100

2019年11月29日 (金)

Clinical 口腔症状を契機にHIV感染が判明した症例 ⑥

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※ 症例5 (国立病院機構大阪医療センター口腔外科 有家 巧、他)

  患 者:40代、男性

  主 訴:飲水時に水が鼻に漏れる

  現病歴:201X 年 1 月頃、上顎の違和感を認め近くの歯科を受診した。う蝕および歯周炎の診断で治療を受けていたところ、同年6月頃に口蓋の口腔鼻腔瘻を指摘され病院口腔外科を紹介された。同科から耳鼻科に診察依頼され瘻孔部の生検を施行されたが確定診断に至らなかった。患者自身が不安に思い、同時期に保健センターでHIV検査を受けたところ抗原・抗体検査陽性、確認検査陽性の結果を得た。同結果をもとに、201X 7月上旬、当院感染症内科に紹介来院となり当科にも併診となった。

  現 症:口蓋正中に直径約3mmの瘻孔がみられ、同部の鼻腔底に肉芽の形成が認められた。上顎左側第1小臼歯は欠損し、隣在歯にかけてブリッジのリテイナーが装着されていた。内科初診時の検査データは、HR:5060 cp/mL、CD 4:483/μL、TPHA : 10240(上限 80)、RPR : 99(上限 1)、HBs : 抗原陰性、HCV : 抗体陰性、クラミジア:PCR 陰性であった。

  診 断:梅毒、HIV感染症(無症候性キャリア)

2) 過去の報告     本間らは自験例を含めて18例報告している。(略)

 

5. 考察および日常の歯科診療におけるHIV/AIDSの想起

 

 口腔症状を契機にHIV感染が判明した症例について、今回ワークショップの発表者から得られた5例に、過去の報告症例を加えた28例について考察した。

 病期ではHIVキャリアが15例、AIDSが12例、不明が1例であったことから、半数以上はキャリアの病期での歯科受診で、それによってAIDS発症の防止につながったと考える。一方、残りの約半数は診断時すでにAIDS(”いきなりAIDS”症例)で、感染機会があってからかなりの年月の経過が推測され、症例の年齢層が高いことと相関している。そして、厚労省のエイズ研究班(歯科)や河田のアンケート調査結果からも、その間に歯科を受診した可能性は極めて高く、早期発見の機会が少なからずあったのではないかと思われる。

 28症例にみられた32病変の口腔症状を表にまとめること(次)。

     ●   HIV 関連口腔病変として重要なもの   ●

 

1) 口腔粘膜病変

 口腔カンジダが11例(34.4%)と最多、その他の症状として口内炎・口腔潰瘍が5例(15.6%)で難治性のことが多い。また、白斑は3例(9.4%)でカンジダ症や毛様白板症の可能性が推測され、他の報告と同じ。その他の症状として、頬部あるいは歯肉等の口腔内の腫脹も3例(9.4%)報告されている。

2) 悪性腫瘍

 悪性腫瘍が6例で2番目に多く、AIDS指標疾患にも記載されているカボシ肉腫が4例(12.5%)、悪性リンパ腫が2例(6.3%)だ。悪性腫瘍の早期発見は重要な意義を持つが、前田らが記載した「口腔潜在的悪性疾患」にはHIV/AIDS関連口腔症状と重複する症状が複数あり、それらとの対比を表にある(次回に)。悪性腫瘍およびHIV/AIDS関連口腔症状は共通して「免疫機能の低下」が背景で、歯科診療においては口腔粘膜を同視点で観察すること、すなわち悪性腫瘍の発見がHIV感染症の発見の機会になることも再確認できる。

3) HIVと性感染、とくに梅毒

 症例 5の口腔鼻腔瘻はばいどくであった。性活動は個人の秘密に関連する事項で、問診にも反映されることがない。しかし、性行為のパートナー数が増加すると感染の機会が増えることは容易に想像できる。HIVも性感染症 (Sexually Transmitted Disease : STD)であり、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、梅毒と感染が合併することが報告されており、またよく経験している。

 従って「HIVを診たらSTD」を考えることが基本。

 また、最近は梅毒患者数が急増していることが報道されており、難治性の潰瘍、皮膚の発疹等の症状では梅毒、さらにはHIV感染の可能性もある。

 

6. まとめ

 

 HIV関連口腔病変は、そのほとんどが悪性腫瘍も含めた口腔粘膜あるいは軟部組織の変化だ。日常の歯科臨床において、難治性で診断、治療に難渋した場合、HIV感染の可能性を想起できないと症例 2のように、複数の医療機関を経てもHIV感染の診断に至らない例を招くことになる。このことから、通常の処置、治療で改善が得られず、対応に苦慮する口腔病変に遭遇した時、HIV/AIDSに対する意識を持つことが重要で、今すでにその時がきている。そして、それがHIV感染の早期発見、AIDSの予防、そして感染拡大の防止につながることは明らかである。

2019年11月28日 (木)

Clinical 口腔症状を契機にHIV感染が判明した症例 ⑤

続き:

 

4. 口腔症状を契機に HIV 感染が判明した症例

 

1) ワークショップから5症例の報告

 第32回 日本エイズ学会のワークショップでは、口腔症状により歯科を受診したHIV感染者10例の報告があった。そのうち5例が開業歯科医院を受診後、病院歯科へ紹介、他の5例は直接病院歯科への受診であった。―――代表症例を提示。

 

※ 症例 1 (国立病院機構仙台医療センター歯科口腔外科 後藤 哲、他)

  患 者: 20代、男性

  主 訴: 口腔内の白斑とピリピリとした口内痛

  既往歴: 帯状疱疹(3年前)、ウイルス性髄膜炎(1年前)

  現病歴: 初診の約2か月前より頬粘膜の口内炎に気付いたが放置していた。上顎左側大臼歯部の冷水痛で開業医(歯科)を受診、口腔内全体の白斑を指摘された、そして当科を紹介された。

  現症および経過: 両側頬粘膜や口蓋、舌が広範囲に発赤し、口腔カンジダ症と思われる白苔形成がみられた。なお、冷水痛はう蝕によるものと思われた。免疫機能異常を疑い血液検査と胸部X線撮影を行ったところ、白血球数は1600/μL、CD4: 9.5%(数で48)、CD8: 53.9%、CD4・CD8比 0.18、HIV-RNA 定量 : 620,000 コピー/mL、βーDグルカン300pg/mL以上、KL-6:777U/mL であった。胸部X線画像で両側の上肺野に浸潤影がみられ、気管支鏡による検体検査でニューモシスチス・イロベチイを確認した。

  診 断:両側ニューモシスチス肺炎、食道カンジダ症、尖圭コンジローマ、AIDS

 

※ 症例 2 (産業医科大学病院歯科口腔外科 平島惣一、他)

  患 者:60代、男性

  主 訴:多発口内炎

  既往歴:前立腺肥大、2型糖尿病

  現病歴:以前より口内炎を認めていたが、20Ⅸ年頃から頬粘膜や上唇粘膜に潰瘍が出現した。 近医歯科を受診し経過観察を受けたが潰瘍の改善はなく、潰瘍数の増加と接触痛による摂食困難のため大学病院を紹介され受診した。潰瘍面の細胞診で悪性所見はなく、口腔カンジダ陽性で、血液検査では結核および梅毒は否定された。口腔カンジダ症の診断で抗真菌薬と含嗽薬により治療されたが潰瘍の改善はなく、経口摂取を十分に行えないため2か月間で体重が約3kg減少。その頃から38℃台の発熱とともに白色痰を伴う湿性咳嗽が出現し、2型糖尿病で通院中のクリニックを受診したところ、胸部X線写真で浸潤影は認められないが、肺炎の疑いで抗生剤やNSAIDs の投薬を受けた。

  しかし、発熱が持続するため再度病院を紹介された。白血球減少および貧血、逆流性食道炎、CTで両肺のすりガラス影等の異常所見を指摘されたが、やはり原因の特定には至らなかった。口腔内潰瘍は改善傾向を示したが、原因の精査を目的に前大学病院より当科を紹介され来院した。

  現症および経過:発熱および多発口腔内潰瘍を認めた。当科初診時の問診でHIV感染の可能性のある行為について患者本人は否定したが、諸症状と経過から HIV 感染およびベーチェット病を疑い、当院の膠原病・リュウマチ内科・内分泌代謝糖尿病内科に転科した。

  診 断:HIV 感染症、ニューモシスチス肺炎、食道カンジダ、サイトメガロウイルス胃炎、HBV キャリア

 

※ 症例 3 (新潟大学大学院医歯学総合研究科顎顔面口腔外科学分野 永井孝宏、他)

  患 者:40代、男性

  主 訴:左側上顎歯肉の腫脹および左側眼痛

  既往歴:脂質異常症

  現病歴:200X 年5月下旬より左側眼痛を自覚していた。6月初旬より上顎左側歯肉に無痛症の腫脹が出現し様子をみていたが、増悪したため気になり同月当科を受診した。

  現症および経過:上顎左側歯肉の無痛症腫脹と左側眼痛を認めたが、鼻症状がみられないにもかかわらず初診時のパノラマX線所見で左側上顎洞が右側に比較して不透過性が強く、さらに左側上顎洞底が不明瞭に吸収されていることから腫瘍性病変を疑い、同日CT検査を行った。その結果、上顎洞内から上顎洞後外側壁を吸収破壊し、歯肉の腫脹に連続する不透過像を認めた。

  以上より、洞内全体に拡大する腫瘍性病変として耳鼻科に紹介した。生検前の血液検査でCD4:148/μL、VL:2.5X10X10X10copies/mL でHIV感染症が判明した。

  診 断:悪性リンパ腫、AIDS

 

※ 症例 4 (国立病院機構名古屋医療センター歯科口腔外科 宇佐美雄司、他)

  患 者:30代、男性

  主 訴:口腔内の白苔

  既往歴:特記すべき疾患はなし

  現病歴:口腔内に白苔が発現したため、インターネットで自己検索により口腔カンジダ症と判断し、治療薬を希望して当科を受診。

  現症および経過:口蓋部や頬粘膜部に白苔がまだらに付着し、舌苔が肥厚していた。さらに口角炎もみられた。床義歯の装着はなかった。口腔カンジダ症と診断、だが、年齢を考えると、HIV感染を疑った。比較的高身長でやや瘦せ型ではあったが、とくに憔悴したような所見はなかった。口腔カンジダ症の治療もさることながら、感染症等の検査の必要性を説明したところ、患者自身から1年前に保健所で匿名で検査を受けてHIV陽性であったことを告げられた。しかしながら、HIV感染症専門医療機関には未受診であったため当院感染症内科に診察を依頼した。

  診 断:食道カンジダおよびニューモシスチス肺炎、AIDS

             もう1例は次に記載。

 

 

 

 

2019年11月27日 (水)

Clinical 口腔症状を契機にHIV感染が判明した症例 ④

続き:

             ■23ある AIDS 指標疾患

●真菌症   1.カンジダ症、2.クリプトコッカス症、3.コクシジオイデス症、4.ヒストプラズマ症、5.ニューモシスチス肺炎、

●原虫感染症   6.トキソプラズマ脳症、7.クリプトスポリジウム症、8.イソスポラ症、

●細菌感染症   9.化膿性細菌感染症、10.サルモネラ菌血症、11.活動性結核、12.非定型抗酸菌症、

●ウイルス感染症、   13.サイトメガロウイルス感染症、14.単純ヘルペスウイルス感染症、15.進行性多巣性白質脳症、

●腫瘍   16.カポジ肉腫、17.原発性脳リンパ腫、18.非ホジキンリンパ腫、19.浸潤性子宮頸癌、

●その他   20.反復性肺炎、21.リンパ性間質性肺炎、22.HIV脳症、23.HIV消耗性症候群、

 

3. HIV/AIDSの口腔症状

 

 HIV感染症でみられる症状の多くは、CD 4 陽性リンパ球の減少による細胞性免疫不全に伴う日和見感染、日和見腫瘍である。我が国では小森、池田、連、前田らが解説あるいは報告している。

 それらによると、HIVの初感染では口腔カンジダや口腔潰瘍といった口腔病変が最も多く、かなりの頻度でみられる。その他、口腔乾燥、再発性アフタ性口内炎、口腔毛様白板症が主なもので、唾液腺疾患、歯肉帯状紅斑、壊死性潰瘍性歯肉炎、単純ヘルペス、カポジ肉腫、特発性血小板減少性紫斑病(Idiopathic Throm-bocytopenic Purpura : ITP)、不定形潰瘍、神経障害等も報告されている。

 

  ※  口腔内は感染者自身が「見える」、そして「異常を感じる」ことができる部位であることから病変に気付きやすいという特徴がある。

 また同時に、医療従事者も病変を直視(視診)、触診できることから、HIV感染を想起し、診断に到達できる可能性が高いといえる。

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