日記・コラム・つぶやき

2019年4月25日 (木)

Topics 現代の歯科医院に必要な予防的視点~患者・スタッフトラブル予防のポイント~ ②

 
 
 
 
 
 
 
 

※ 医療トラブル予防の視点が必要なシチュエーション

 

   ⦿ 患者 ~ 医療契約、療養担当規則、医療広告、カルテ、契約書(同意書・説明書)、➜ 患者トラブル

 

   ⦿ スタッフ・パート・アルバイト ~ 労務管理、使用者責任、雇用契約・就業規則、労災保険、情報管理

                          業務範囲、 ➜ 労務トラブル、スタッフ間トラブル、患者トラブル、

                          情報漏洩

   ⦿ 不動産・テナント ~ 不動産売買契約・賃貸借契約

   ⦿ 医療関連業者 ~ 業務委託契約・リース契約・保険契約

   ⦿ 医院承継 ~ ヂューデリジェンス、譲渡対象の特定

   ⦿ 個別指導  

 
 
 
 
 
 
 
 

 

2019年4月24日 (水)

Topics 現代の歯科医院に必要な予防的視点~患者・スタッフトタブル予防のポイント~ ①

 
 
 
 
 
 
 
 

小畑 真(弁護士法人小畑法律事務所代表、弁護士-東京弁護士会所属、歯科医師・歯学博士)さんの小論文を記載する。

 

 はじめに

 

  医療の分野は、いまだ疾病に対する治療が大部分を占めているが、国民や医療機関の医療・健康に対するパラダイムシフトから、「予防」「健康長寿」にフォーカスし、疾病予防、ひいては、心身の健康長寿のための医療を実現していく方向に進んでいる。このことにより、医療費も減少し、社会全体のストレス緩和が見込まれる。

  「治療」から「予防」、そして「健康」にフォーカスすることによるメリットは、日々の歯科臨床を例に考えると容易に想像できる。例えば、生活管理がなされず、重度の歯周病が進行しているなどして、口腔内が崩壊しているケースでは、治療の時間、費用(医療費)および患者・医療者双方のストレスはかなり大きいものになる。治療する側としては、そこに大きなやりがいを感じることもあるかもしれないが、そのような口腔内に至った患者のさまざまな背景から、思うような治療を行うことができなかったり、場合によっては、治療が中断されることによりさらに状態が悪化してしまい、ますます治療に要する時間と費用がかかることも往々にして存在する。

  一方で、歯科の専門家の指導のもと、生活習慣や口腔内の管理がなされ、大きな治療が必要ないケースでは、現状を維持するために、患者・医療者双方、時間も費用もストレスさほどかからない。仮に問題が生じても、すぐに対応出来る為、当然、時間も費用も必要以上にかからず、健康で有益な生活を送ることができる。つまり、「治療」よりも「予防」、「健康」にフォーカスすることによって「時間」、「費用」、「効果」を獲得することができるのである。

  このことは、「トラブル」においても同様である。大きなトラブルが生じてから対応しようとすると、そこには多大なストレス、時間、費用が掛かる上、着地点が望むようなものにならないこともある。場合によっては、一生尾を引くケースも少なくない。一方で、大きなトラブルになる前に、事前準備、つまりは「トラブル予防」を行っておけば、さまざまなリスクを回避し、事後的に「時間」、「費用」を費やす必要がなくなる。したがって、「トラブル対応」よりも「トラブル予防」にフォーカスすることによって「時間」、「費用」、「効果」を獲得することができるのである。

  また、近年、歯科医療トラブルは増加するとともに、その内容も大きく変化してきている。インターネットを介して、いつでもどこでも誰でも容易にさまざまな情報を得ることができる現代社会においては、当然、自己の権利について情報収集も容易なため、権利意識が高くなる傾向にある。しかも、以前は認識されていなかった情報を認識できるようになったため、今まで全くトラブルにならなかったことが、大きなトラブルに発展することもしばしばある。さらには、誤情報に起因するトラブルから、多大な損害を被る歯科医院も出てきている。

  医療現場では、あらゆるシチュエーションでトラブルが発生する可能性があるが、このような現代社会においては、ますます「トラブル予防」の視点が必要になってくる。そして、医療現場は、ほとんど「契約」で成り立っているため、「契約」を理解することが、「トラブル予防」の近道となるのである。

  本稿では、医療現場における「契約」の中で、実際にトラブル事例が多い、患者トラブルおよびスタッフトラブルについての予防視点について解説する。

 
 
 
 
 
 
 
 

 

2019年4月23日 (火)

Clinical ファイバーで補強された高強度硬質レジンブリッジの基礎と臨床 ⑥

続き:

                       

 

 

 

5) FRCブリッジの接着

  接着操作では、接着面が接着材に対して最適な接着面となるよう、適切な前処理が求められる。FRCブリッジでは、支台装置内面がファイバーネットで構成されているため、接着対象はガラス繊維とマトリックスレジンとなり、それらに対してシラン処理をすることで接着性を持たせる。従って、FRCブリッジの支台装置内面の前処理は、装着直前のアルミナブラスト+シラン処理となる。

  実際の装着術式としては、試適・調整終了後に支台装置内面に対して0.1~0.2MPa、30μmでアルミナブラストを行った後、シラン処理を行う。ラボサイドでアルミナブラストが行われた場合、口腔内試適に際し、唾液に代表されるさまざまな接着阻害因子が、ガラス繊維の絡み合ったファイバーネットに侵入してしまう可能性がある。

  複雑に絡み合ったガラス繊維の隙間に入り込んだ接着剤阻害因子の除去は困難を極める。その為、口腔内試適時の支台装置内面はレジン面として、試適・調整が完了した後にアルミナブラストを行って、装着直前に新鮮なガラス面を露出させる。また、アルコール等による超音波洗浄は行ってはならない。

  支台歯に対して以前から行われている前処理にて接着性レジンセメントとの一体化を得ることができる。しかし、間接法で製作されるFRCブリッジはテンポラリーブリッジ使用による仮着材の影響によって、プライマー等の前処理の効果が減少してしまう。そのため、テンポラリーブリッジ撤去後は徹底的な仮着材の除去が求められ、この操作が高い接着強さを獲得するための重要なポイントとなる。

  すべての被着面処理完了後、歯質に対するプライマーを有した接着性レジンセメントを用いる。FRCブリッジへのセルフアドヒーシブレジンセメントの使用は推奨しない。

  また、現在多くの接着性レジンセメントはヂュアルキュア型となっているが、その多くが光に依存した重合となっている。ブリッジ装着時には余剰セメントを除去したのち、可能な限り多くの光をセメントに届ける必要があるため、適切なメインテナンスが施された高出力の光照射器を用い、十分な照射時間を与えたのち、接着操作を終了する。

  ブリッジ装置後は、24時間経過したのちの次回のアポイントにて細かな余剰セメントを除去。接着性レジンセメントを強固に付着した人工歯石としないためにも、丁寧な余剰セメントの除去がFRCブリッジの良好な長期予後につながる。

  適切な術式に従い設計・製作・装置されたFRCブリッジは、良好な経過が得られると筆者(新谷)は信じている。

 

 おわりに

  メタルフリー固定性欠損補綴は高い審美性と生体安全性を併せ持つ、すばらしい装置であることに違いはない。CAD/CAM冠や、このFRCブリッジも10数年前から販売され、自費用の補綴装置として使用された経緯があり、長い歴史に支えられた技術である。しかしながら、適切な使用方法を知らずに慣れ親しんだ金属と同じ使い方をすると、容易に失敗してしまう危険性を併せ持っている。

  近年の保険治療のメタルフリー化は避けられない状況にあり、この潮流を乗り切るために、われわれ歯科医師はもう一度奮起して、新しい知識と技術を貪欲に吸収することが求められている。本稿が諸兄の臨床の助けとなり、多くの患者の利益となることを切に筆者(新谷)は願う。

                       

 

 

2019年4月22日 (月)

Clinical ファイバーで補強された高強度硬質レジンブリッジの基礎と臨床 ⑤

続き:

                       

 

(3) メインフレームの製作

   FRCブリッジのメインフレームは長繊維であるファイバーC&Bを近遠心方向に配置し、ブリッジ連結部に生じる引張応力を軽減させる。研究結果から得られた最適な設計では、支台装置咬合面から連続したファイバーが連結部とポンティックの最下底部に配置されることで、約30%の引張応力の軽減が可能となる。また、その垂直的厚みは支台装置咬合面クリアランスの1/2程度が必要となる。

   ポンティック部の頬舌側面では、ポンティック底部の形態と相似形となるような形態にする。メインフレームは歯型の咬合面を完全に乗り越え最大限拡大することで、効果的な補強が得られる。

   第1小臼歯遠心面から第1大臼歯近心面までをレディーキャスティングワックスR20(G.c.)を用いて、形態と位置を決定し、その後シリコンパテを用いて、支台模型の咬合面を覆わないようにレディキャスティングワックスR20の位置の固定を行う。

   メインフレームの長さの決定は、先に使用したレディーキャスティングワックスR20と同じ長さになるようにファイバーC&Bをカットする。カットしたファイバーC&Bを模型に設置し、圧接用コアを用いてファイバーC&Bを圧接する。特に咬合面の部分の圧接は十分に行い、咬合面のファイバーC&Bが薄くなるように行う。圧接用コアを装着したまま光重合を行い、ファイバーC&Bを硬化させる。硬化後、バリを除去し、メインフレームを完成。

(4) ファイバーコーピングとメインフレームの連結、前装レジンの築盛

   ファイバーコーピングとメインフレームが完成したら、それらを連結する前に、ポンティック部の築盛から行う。築盛にあたり、初めにポンティック、次に隣在歯と築盛していき、連結部は隙間を設ける。この隙間を設けることで、レジンの重合収縮が緩和される。前装材料の重合収縮によって、メインフレームが変形するため、築盛はポンティックから始めることが推奨される。

   ファイバーコーピングとメインフレームの連結作業では、圧接用コアの支台模型部分を利用して圧接、仮重合を行い、フレームを一体化させる。築盛が終了したら、十分な光・熱重合を行い、未・低重合レジンを少なくすることで、長期の安定につながる。

(5) 形態修正・研磨

   形態修正・研磨は通法に従い行う。また、FRCブリッジでは連結部は深く削り込まないようにする。過剰に削り込むことで、ファイバーの露出や、メインフレームの損傷が起き、強度の低下を招く恐れがある。連結部には、鋭利なへこみを作らず、清掃性を考慮した緩やかな曲面とした形態とする。支台装置内面の処理に関しては、ラボサイドでは未処理が好ましい。これは、口腔内試適時に露出したファイバーへの汚染を防止するためであり、汚染除去に用いる装着直前のアルミナブラストの効果を最適なものとするために、歯科医師と歯科技工士との共通のコンセンサスとなる。

 

                       

 

2019年4月21日 (日)

Clinical ファイバーで補強された高強度硬質レジンブリッジの基礎と臨床 ④

続き:

                       

3) FRC ブリッジの設計

 FRCブリッジの設計に際し、ガラス繊維の補強効果を最大限発揮させるためには、グラスファイバーの繊維方向に注意することが重要となる。臼歯部ブリッジにおいて、メインフレームとなるファイバー設置位置は、引張応力が集中する、連結部の下部鼓形空隙最深部からポンティック基底部の底部に位置することが最適であると報告されている。

 また、支台装置への補強として、あらゆる方向からの力に対して対応できるよう、90度の方向に編まれたシート状ファイバーを2枚重ねにして、ファイバーコーピングとして用いる。このファイバーコーピングとメインフレームを強固に接着させ、その外表面を高強度コンポジットレジンにて前装することでFRCブリッジの剛性が向上し、臼歯部でも使用可能な補綴装置となる。

 繊維補強材料では、繊維の方向によってその補強効果が大きく異なり、間違った設計をすると強度の低下を招く可能性がある。歯科医師はFRCブリッジの要件を満たした作業用模型を完成させた後、それぞれの症例に対して、ファイバーの量と繊維の方向を指示した歯科技工指示書を製作することが求められる。

4) FRCブリッジの製作

(1) エクスペリアシステム

  現在、保険適用となっているエクスペリア(G.C.)は、臼歯部1歯欠損症例に用いることのできるFRCブリッジの材料である。前装材料として高強度コンポジットレジンであるエクスペリア・ボディデンティンA3(DA3)、エクスペリア・オペークA3(OA3)、エクスペリア・フローデンティンシェードとメインフレーム用のロービング状ファイバーであるエクスペリア・ファイバーC&B(12cm)、コーピング用のシート状のファイバーであるエクスペリア・ファイバーネット(30cm)で構成されたシステムである。

 本システムの色調は基本的にシングルシェードで構成されており、最終的なキャラクタライズは外部ステインによって付与される。

(2) 支台装置のファイバーコーピングの製作

   支台装置の補強とブリッジの剛性向上のためにファイバーコーピングを製作する。まず、歯型の表面積を計測し、おおよそ同じ広さとなるようにファイバーネットを2枚カットする。エクザクリア(G.C.)にて圧接用コアを製作し、2枚のファイバーネットを45度程度ずらして重ね、圧接用コアを用いて歯型に圧接する。圧接用コアは透明であるため、光を透過するので、圧接用コアを通して光照射を行い、仮重合させる。

   その後、圧接用コアを撤去した後に追加照射を行い、形態修正を経てファイバーコーピングが完成する。ファイバーコーピングにはメインフレームや前装材料を築盛・接着させる。この接着が確実でない場合には、技工操作中は接着阻害因子が付着しないようちゅういする。

 

                       

 

2019年4月20日 (土)

Clinical ファイバーで補強された高強度硬質レジンブリッジの基礎と臨床 ③

続き:

                       

4. FRC ブリッジ の臨床術式

 

 FRC ブリッジの臨床で重要な知識とは、①十分なクリアランスの獲得、②適切なブリッジの設計、③ブリッジ・支台歯間の完全な接着という3つに集約される。

 

 1) 症例の概要、検査と治療方針

  患者は56歳の男性。上顎左側第2小臼歯欠損、第1小臼歯、第1大臼歯支台のメタルブリッジの違和感を主訴として来院した。上顎両側第1小臼歯は生活歯で、第1大臼歯はレジンによる支台築造が施されていた。支台歯および周囲組織に問題は認められず、また両側第2大臼歯による咬合支持も確認できたため、FRCブリッジでの治療計画を立案した。

 

 2) 支台歯形成

 

  支台歯形成はFRCブリッジ成功のために非常に重要な最初のステップとなる。基本的な支台歯形態はオールセラミックと同様であるが、FRCブリッジの場合は、ファイバーフレームのクリアランスを確保した上で、スムーズなメインフレームの形態が再現できるように、両支台歯の欠損軸面にスプーンで削り取ったような曲線で構成されるボックスなどを付与する。形成面は可及的に滑らかな曲線となるよう配慮し、鋭角なところが無いように気をつける。

  フィニッシュラインの形成量は1.0~1.5mmとし、ディープシャンファーかラウンドショルダーが推奨される。咬合面クリアランスは1.5~2mm以上とする。長期経過症例を観察すると、不十分な咬合面クリアランスで製作されたFRCブリッジでは、早期の咬耗によるフレームの露出などが認められる。安全なFRCブリッジを製作するためにはこのクリアランス獲得が必要となる。

  クリアランスの確保ができる症例は、無理をせず適応外と考えたほうがよい。咬合面部のクリアランスの確保にはプレップシュアⅡ(モリムラ)やセラスマートクリアランスゲージ(G.C.)などの専用器具を用いる。

  本症例では、まず旧ブリッジを除去した後、う蝕検知液体を用いて感染歯質のチェックを行った。感染象牙質が残っていると、接着不良の原因となるため術前の完全な除去が求められ、必要に応じた構造を行うことで理想的な支台歯形態を構築する。クリアランスは咬合面では2.0~2.5mm、マージン部分では1.5mmのヘビーシャンファーとした。形成面はファイバーコーピング製作時にファイバーネットがしっかり圧接できるよう曲面で構成されるように考えた。

                       

 

2019年4月18日 (木)

Clinical ファイバーで補強された高強度硬質レジンブリッジの基礎と臨床 ①

新谷明一(日本歯科大学生命歯学部歯科補綴学第2講座准教授)さんの補綴学小論文を上載する。コピー・ペー:

                       

はじめに

 

 近年の貴金属の高騰や、患者ニーズの変化による対応から、保険診療でも補綴装置のメタルフリー化が大きな潮流となっている。これは、ファイバーポストや CAD/CAM 保険でも使用できるようになったことからも明らかであり、今後はその技術に適した症例選択や使用方法の啓発に注目が集まっている。

 1997年、金属の前装材料であった硬質レジンに可能な限り、フィラーを追加することで機械的強さを向上させ、臼歯部レジンジャッケトクラウンとしても使用可能な歯冠用ハイブリット型硬質レジンが発売され、多くの臨床で使用されてきた。

 その後、更なる改良によって機械的性質が向上し、現在の形へと進化した。この材料は臼歯部クラウンではメタルフレームを必要とせず、単体での歯冠修復が可能な材料である。しかし、欠損症例に対するメタルフリーブリッジとして使用するには、連結部での機械的強さに不安があり、金属に代わる新しいフレームが求められていた。

 そこで、工業界ではプラスチックの主な補強材料として用いられているガラス繊維が着目され、高強度硬質レジンブリッジ実現のためのさまざまな研究が始められた。研究の成果は「ガラス繊維をフレームとした高強度コンポジットレジンブリッジ (Fiber-Reinforced Composits bridge、以下 FRC ブリッジとする)」として先進医療(2012年11月、日本歯科大学、徳島大学、大阪歯科大学、長崎大学、東北大学、九州歯科大学で実施)となり、平成30年度診療報酬改定に向けた医療技術の評価を経て、保険収載(2018年4月)となった。

                       

 

2019年4月17日 (水)

遺体科学の挑戦 (5)―③

続き:

                       

 博物館の標本はただの物体ではなく、大切な情報を伴っている。― 専門的には博物館の標本資料は、データベースの公開によって世界中の人々に利用される可能性を拡大していく。昨今は標本の三次元形状データをダウンロードできる形にすると喜ばれることもある。簡便に動物の模型を作りたい人などは、三次元データがダウンロードできると、それを三次元プリンターにつないで、地球の裏の博物館の収蔵庫からそっくり物体を手元でいとも容易に作り出し、目的を達する時代になっている。

 逆にそこに知財と称して三次元データに金銭価値をつけて売ろうという経営者が現れて、それこそ大学や博物館の財源にしようとすることも画策されるので、博物館はまた騒ぎになる。が、本質的な論点はそんなところには無い。

 いつの時代にも変わらないのは、博物館に収められた学術標本は、全人類共通の宝だということである。標本は、研究が進めばまた新しく多くの情報をもつようになり、次なる研究への動機を生み出す。

 エジプトのピラミッドもカンボジアのアンコールワットも、発見しただけでは厚みは乏しい。エドワード・モースの大森貝塚も、発掘してきた段階では学術的な価値は限られていたはずだ。それを多くの人が研究する道が開けて、標本が新たな知を生んできたのである。

 話は地味かもしれないが、遠藤が集め続ける死体も、まったく同じだ。標本に100年200年と研究の足跡が積み重なって、理論に理論が書き改められて、標本はさらに大切な標本に育っていく。その蓄積を丸ごと公開しながら人類の知を支えるのが博物館である。

 死体を高々と積み上げて次世代に送ってこそ、人間の知は深まっていくのである。そう確信しながら、今日も遠藤は死体と起居を共にする。

 

                       

 

2019年4月16日 (火)

遺体科学の挑戦 (5)―②

続き:

                       

 

 連載の最後に、遺体科学の闘いぶりを一つ二つ示しておきたい。遺体科学は研究に使った死体を消費されるものとは考えない。可能な限り、それを未来の世代に継承し、社会の文化的基礎に位置付けていくのである。「博物館」は今日的には際立った特性をもっている。それは標本として、研究対象を未来に残すことである。

 博物館は、資料を人類共通の知の宝として受け継いでいく。けっして標本を捨てることはない。いつまでも博物館に残し、沢山の学者の研究に利用してもらい、すべての人々に公開していく。正しくこれが人間を人間たらしめ、文化を文化として育む本質的営みであることは理解されるだろう。研究が終わったら、石器を土器を文書をそして死体を廃棄してしまったら、人間の知は発展しない。倫理の実体を保存し続けてこそ、知は成立する。

 遺体科学は、正に博物館の価値観をもって、死体を標本として次世代へ受け継ぐ。具体的には、骨、剥製、液浸標本などとして、滅失しない形で保管を図る。

 少し前だが、博物館から見れば失笑を買う管理が大学で行われたことがある。研究不正が社会問題として登場してきた際、研究結果が捏造ではないことを証明するために、研究に用いた対象を「5年間保存しておくように」という通達が出たのである。

 「えっ、5年経ったら捨ててしまうの?世の中の研究者は」という、笑い話である。

 博物館人は、当然、標本を未来永劫に保管する。恒久収載は学者として生きる者の誇りなのだ。どうやら世の合理主義は研究対象を廃棄することを率先してやらかすらしい。民間企業が使わない本や機器をすぐに捨てると聞くが、合理性がぶれした大学は、次から次へと知の源泉をゴミにしてしまう。そんな風潮と遺体科学は対決する。

 知の源泉は全人類が永久に持ち続けていかなければならないのである。どうやら世の中は、研究上のうそつきを摘発しているという市場原理的なアリバイづくりのためだけに、5年間資料を残せばそれでよいらしいのだ。遺体科学は標本の永久収載を掲げてこの後も闘っていかなければならない。

                       

 

2019年4月15日 (月)

遺体科学の挑戦 (5)―①

「人間と科学 第298回 遠藤 秀紀(東京大学総合研究博物館教授)さんの小論文を載せる。コピー・ペー:

                       

 かって我々はもう少し、「死」を、日常の暮らしの流れの中で感じていたと思う。街のおじいちゃん おばあちゃんは、若いころ暮らした家で、家族に囲まれて死を迎えていたはずである。東京大空襲でも広島長崎でも、黒焦げの死体が戦争ドキュメンタリーとして TV. で普通に放送されていた。田舎では農家の軒先で、頸から放血されるニワトリを見る機会があった。

 今やそれらのすべたが壁の向こうに隠されてしまう。放送コードや表現規範の形をとって、我々は死や死体を別の空間に追いやってしまい、命を表層的にしか受け止められなくなったと感じるのである。

 たまたま、遠藤の研究室には山ほどの死体があふれ、終焉を迎えた「命」を感じる機会が多い。学ぶ大学院生は、生死の境界面を日常のものとして受けとめている。こうした遺体科学は、牛肉豚肉鶏肉が工業製品のように売られ、戦争報道がコンピューターゲーム化し、老人の死さえも家庭から消え去った現代を、歪なものとして感じる感性を保持しているといえるだろう。

 死体が身近にあるゆえに死を直視することができ、反面、生の美しさも醜さもより感性豊かに受け止めることができる。死体集めに没頭していた遠藤らは、死も生も穏当に受容しきれなくなった社会を、時に冷静に見つめることができるようになっていると感じられる。

 遺体科学は確かにサイエンスなのだが、同時に、現代の生命観や死生観を深く語る場にふさわしいと感じる。この学問の意義はただの解剖学に止まってはいないのだ。  

                       

 

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