日記・コラム・つぶやき

2020年7月 7日 (火)

Clinical 「低ホスファターゼ症」という病気とは? ⑤

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6. HPPにおける医科歯科連携

 HPPを歯科から早期発見するためには、歯科医に対するこの疾患の啓発活動と、医科歯科連携体制の構築が重要。

 当科では、HPPに関する説明資料の配布、講演会、雑誌等への解説の掲載などを通して、歯科医、歯科衛生士といった歯科医療関係者のみならず、保護者などの一般の方々にもHPPについての啓発活動を行ってきた。その結果、地域の歯科医院から当科への乳歯早期脱落症例の紹介が増加している。

 そして、当科で精査を行い、HPPを疑う所見を認めた場合に本学医学部附属病院小児科を受診いただいている。現在、HPP患児23名(男児10名、女児13名)が当科を受診このうち9名が、乳歯の早期脱落のため、かかりつけ歯科医から当科へ紹介いただいたことでHPPの診断に至った。7名は歯限局型であったが、2名はすでに成長発達に問題を認める小児型であった。また、地域の歯科医師会の先生方のご尽力で、1歳6か月児や3歳児歯科健康診査の際に乳歯早期脱落を診査する項目が追加され、HPPが歯科領域からスクリーニング可能となった地域も増加してきている。

 歯学部・歯科大学の附属病院がある地域におけるHPPの医科歯科連携は、かかりつけ歯科医から歯学部附属病院小児歯科を紹介し、必要に応じて医学部・医科大学附属病院小児科で診断を受けていただくという流れになる。本学では医学部附属病院小児科の腎・骨代謝部門という小児の骨の病気の専門家に精査依頼している。一方で、歯学部・歯科大学附属病院が近くにない地域では、HPPの医科歯科連携体制の構築が困難である。こんな場合には、かかりつけ歯科医から基幹病院や医学部・医科大学附属病院の小児科または地域の小児科をご紹介いただいて診査を受けていただくことになる。

おわりに

 小児に対する日常歯科臨床や歯科健診の現場では、これまではう蝕や歯列咬合の診査に重点が置かれてきた。最近になって、「乳歯早期脱落」という歯科症状がHPPの早期発見の重要な手がかりとなる知見が蓄積されてきている。そこで、今後は乳歯の早期喪失に対しても診査を行う体制が構築されることを期待したい。また、HPPが謳われる症例に遭遇した場合、スムーズに医科領域の機関と連携をとって全身的な診査を行えるようにすることが重要である。そのために、地域の医科歯科連携体制をあらかじめ構築していく必要があると考えられる。

2020年7月 6日 (月)

Clinical 「低ホスファターゼ症」という病気とは? ④

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5. HPP早期発見における課題

 HPPは極めて低い頻度の疾患であることから、乳歯の早期脱落を呈する症例に遭遇しても、歯科医がHPPを疑うに至らないことが多い。特に、保護者の「外傷で歯が抜けた」というコメントが、HPPへの気づきの妨げとなることが多くある。一方で、歯科医側が疑い症例として小児科医に精査を依頼しても、骨の病気を専門としていない小児科医では、希少疾患であるHPPが念頭に置かれていないという現状もある。さらに、ALP値は一般的な血液検査項目に含まれているにもかかわらず、小児の基準値は成人と異なりかなり高いことから、検査データにおいて低い数字が表示されても、それが異常値として認識されない現状にある。

 なお、2020年4月より準備が整った施設から、測定方法がこれまでの日本臨床化学界(JSCC)の方法から国際臨床化学連合(IFCC)の方法に変わっている。IFCC法はJSCC法に比べて、測定値が約1/3になることから、今後は低値が認識されやすくなるのではないかと期待している。

 以下に、これまで我々(筆者ら)経験したHPP発見までに時間を要した3症例について。

 

症例 1 小児型HPP(初診時6歳4か月、女児)

 8か月時に、他人の手が顔に当たり、萌出直後の下顎左側乳中切歯が脱落した。それ以来、動揺を認めていた下顎右側乳中切歯が10か月で脱落。大学病院小児歯科を受診したが、外傷による脱落との説明を受けた。その後、6歳時に乳前歯の動揺に気付き、地域の歯科医院を受診したところ、当科受診を勧められた。それまでに低身長のため小児科を受診しており、当科に持参された4歳時の血液検査データを見ると、血清ALP値は低値であったものの、認識はされていなかった。口腔内診査をすると、乳前歯部の動揺や全顎的に深い歯周ポケットを認めたため、本学医学部附属病院小児科を紹介し、血清ALP値が低値であること、骨幹端に若干の不整が認められたことから、小児型HPPの診断とした。

 本症例においてHPPの診断が遅れた原因として、外傷による脱落とHPPにおける早期脱落の鑑別が難しいことが挙げられる。HPPでは、脆弱な歯周組織のため、わずかな外力をきっかけにして動揺が開始して脱落に至る。また、幼児期は歩行を開始し、外傷の好発年齢でもある。さらに、血清ALP値の基準値が成人と小児では大きく異なるために、成人の基準値しか認識がなかったことも診断の遅れにつながった。

 

症例 2 小児型HPP(初診時1歳7か月、男児)

  1歳7か月に転倒し、下顎両側乳中切歯が脱落した。かかりつけ歯科医より当科を紹介され受診に至った。脱落乳歯の歯根は吸収されておらず、隣在歯の動揺を認めた。低身長と体重増加不良を認める。しかし、小児科医のフォローは受けていない。本学医学部付属小児科を紹介、血清ALP値が低値で、骨の石灰化不全が認められたことから、小児型HPPの診断に、直ちに酵素補充療法が開始された。全身症状を認めていたにもかかわらず、歯科症状がHPPの診断のきっかけとなった。

 本症例では、成長発育不良が行政の健康診断において経過観察とされたため、小児科受診につながった。今後は、この症例のように歯科所見をもとに歯科医からHPPをスクリーニングできるように、乳幼児歯科健診における診査項目への追加を期待したい。

 

症例 3 歯限局型HPP(初診時2歳8か月、男児)

 2歳時に下顎乳中切歯の動揺を認め、かかりつけ歯科医を受診するものの、外傷に起因する可能性が高いということで経過観察となった。その直後に下顎左側乳中切歯、半年後に下顎右側乳中切歯が脱落。母親が自分で調べ、「低ホスファターゼ症」という病気を知り、病気について書かれたパンフレットを持参し、再度歯科医院を受診するも、経過観察だった。

 その後、血液検査で診断できるとの情報を得て、かかりつけ小児科に血液検査を依頼した。一度は、成人の標準値をもとにALP値は正常値で、HPPではないと診断された。しかし、母親がパンフレットに書かれていた成人と小児の基準値の違うことを説明して、検査結果を見直してもらい低値であることが判明した。そして基幹病院小児科紹介となり、最初の歯科医院受診から10か月後に歯限局型HPPと診断された。

 この症例においてHPPの診断が遅れた理由として、医療従事者におけるHPPの認知の低さとALPの標準値に関する知識不足が挙げられる。今後、ALPの標準値に関して、子どもと成人の違いなどに関する啓発が必要である。

2020年7月 5日 (日)

Clinical 「低ホスファターゼ症」という病気とは? ③

続き:

3. HPPへの歯科的対応

 乳歯の早期脱落に対しては、現時点では歯の脱落を防止する根本療法はなく、歯周状態を良好に保つために保護者への口腔衛生指導を行うとともに、定期的な歯周状態の管理を行うことぐらいしかできない。そして、乳歯が脱落してしまった症例に対しては、小児義歯のセットを推奨する。

 HPP症例に対する小児義歯のセットは、平成22年度より保険適用である。乳歯列期は、咀嚼機能や発音機能を獲得する重要な時期で、乳歯を早期に喪失すると、審美性のみならず、これらの機能に影響を及ぼす。さらに、異常嚥下癖につながる場合もあり、放置することで開咬などの歯列咬合異常を誘発。そこで、印象採得が可能になる3歳過ぎにはできる限り早い時期のセットを目指している。クラスプはワイヤークラスプを選択、乳前歯部を避けて比較的歯周組織が強い乳臼歯部にセットしている。

 義歯を初めて使用する症例では、乳犬歯にクラスプをセットすることもあるが、義歯に慣れて安定した際には、側方の成長を妨げないように切断している。近年、国内で乳歯の人工歯を入手することができないために、残存する人工歯の形態を参考にして、即時重合レジンで作製している。義歯は成長に応じて不適合になるのは避けがたく、その度に調整、再製を行うことを続けていかなければならない。

 最近になって、症例によってはマウスガードのセットを推奨している。一般的に、萌出時の幼若永久歯は歯根が未完成で外力による影響を受けやすい。小学校低学年などの前歯部交換期の外傷を予防するため、コンタクトスポーツや体育の授業時などに気にせずにスポーツに集中できると好評だ。

 HPP症例では、顎骨の形成不全や乳歯の早期喪失による永久歯の萌出スペースの不足から、矯正治療が必要となる症例に遭遇することが多い。HPP症例において矯正治療を行う場合には、セメント質形成不全に起因し、歯と歯槽骨の接着が弱いことに十分配慮しなければならないと考えられる。そのため、歯への負担が少ない手法が望ましい、しかし、HPP症例で矯正治療を行ったという報告は現時点ではない。当院では、小児歯科医による歯周状態の管理ができる状況下で、矯正歯科医に歯列に対する処置を依頼している、HPP症例に対する標準的な矯正治療法の構築を模索しているところである。

4. 歯科症状が HPP 診断のきっかけに

 重症型のHPP症例の場合には、出生前もしくは出生直後に医科領域でHPPと診断され、フォローが開始。そして、乳歯の萌出が開始した頃に歯科に紹介され、歯科的フォローが始まる。しかし、小児型や歯限局型といった軽症型の場合、全身の症状が日常生活に影響がない程度であったり、自覚症状が全くないことで、HPP診断に至らない潜在的な症例が多く存在することが分かってきた。

 HPPは進行性の疾患であり、乳歯早期脱落のみを認める歯限局型であっても、成長とともに運動機能の低下や骨の痛みなどが出現して、小児型や成人型へと移行することがある。また、成人型と診断されたHPP症例では、既往症に乳歯早期脱落を認めることが多い。成人型のHPP症例は骨粗鬆症と誤診されてしまうことがあり、HPPの症状を悪化させるビスホスホネートの投与を受けてしまったという報告もある。

 これらのことから、HPPの疑い症例を歯科領域で早期発見して、医科での早期診断につなげ、成長発育の管理や適切なタイミングで治療を受けられる環境にしておくことが重要。日常臨床で遭遇する可能性は低いかもしれないが、我々歯科医がHPPについて理解を深めることによって、救われる子どもが確実に存在しているのだ。

 乳歯早期脱落を認める症例に遭遇した場合(表 HPPを疑う所見→参考にする 後)、HPPが疑わしい場合は、骨系統疾患を専門にしている小児科医への紹介が重要。特に、脱落した乳歯の歯根の状態は、非常に重要な手がかりとなるので、脱落歯症例に遭遇した場合、保護者に脱落乳歯を持参していただくとよい。また、歯科から発見されるHPPは軽症型であるが、その中でもすでに身体症状を認める症例では成長発育に問題を持っていることが多い。母子手帳の成長発育曲線を参考にして推測することも可能だ。

2020年7月 4日 (土)

Clinical 「低ホスファターゼ症」という病気とは? ②

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2. HPPの歯科症状

 HPPの歯科症状の「4歳未満の乳歯の早期脱落」について、好発部位は乳前歯部で、特に下顎乳前歯から脱落が開始。

 通常、生後8か月頃から下顎乳中切歯が萌出を開始し、1歳半頃に歯根が完成。その後、4歳頃より下顎乳中切歯は、後継永久歯である下顎中切歯の歯胚形成に伴い、歯根吸収が開始、6歳頃に下顎中切歯の萌出に伴って脱落する。この時の下顎乳中切歯から下顎中切歯への交換はエスカレーター式と呼ばれ、舌側から下顎乳中切歯の歯根が下顎中切歯によって吸収される。

 しかし、HPP症例では下顎乳中切歯の萌出直後の1~4歳にかけて乳歯が早期に脱落する。脱落した乳歯の歯根は吸収されていないのが特徴。脱落が乳前歯部に好発する原因としては、乳臼歯と比較して、短根で、歯根が短い、早期萌出、側方力がかかりやすいこと等が推測される。

 歯は歯根膜を介して、歯根セメント質と歯槽骨が接着している。HPP症例ではセメント質形成不全に起因して、この接着が不十分となる。そして、軽微であっても、外力が加わると、動揺が生じて最終的に脱落に至ると考えられている。永久歯でも同様の状況であり、乳歯と比較して歯根が長いため脱落にまで至らない症例も多いが、実際に脱落した症例も報告がある。

 「4歳未満の乳歯の早期脱落」と前述したが、この表現は医科領域や一般向けに分かりやすく考えられたものであり、実際のところは歯周炎症状というのが正確。つまり、脱落に至る前段として、深い歯周ポケットが存在、動揺を認めることも理解しておく必要がある。通常、乳歯の歯周ポケットは1~2mm程度だが、HPPでは3mm以上の比較的深い歯周ポケットを有することが特徴。特に脱落歯の隣在歯は、歯周状態が悪く動揺を呈していることが多い。一般的には、炎症程度は軽度で、歯肉の発赤や腫脹などは認めない。

 これまでの重症型のHPP症例では、乳歯が萌出開始するまで生存できずに歯科受診することがなかったため、口腔内の状態がよく分かっていなかった。最近になって、酵素補充療法が開始され、重症型の歯科症状が徐々に明らかになってきた。一般的に、小児では3歳を過ぎた頃から詳細な検査ができるようになる。

 日本でも酵素補充療法が開始されて4年目を迎えた最近になって、様々なことが明白になってきている。まだ症例数が少ないため、共通する所見として明確に述べることは困難であるが、重症型の症例は軽症型とは違い、エナメル質と象牙質の石灰化不全を認めたり、開咬、高口蓋などの歯列咬合の異常を伴うことが多い傾向にあると考えられている。

2020年7月 3日 (金)

Clinical 「低ホスファターゼ症」という病気とは? ①

大川玲奈(大阪大学歯学部附属病院小児歯科講師、外来医長)さん及び仲野和彦(大阪大学大学院歯学研究科小児歯科学教室教授、同副研究科長)さんの共同研究文を載せる。:コピーペー

はじめに

 骨系統疾患は、骨や軟骨などの骨格形成に関係する組織の成長、発達、分化の障害により骨格の異常をきたす疾患の総称。最新の分類では461疾患が報告されているものの、個々の疾患の頻度が低いことから、歯科の日常臨床で遭遇する機会は少なく認知度が低い。しかし、骨系統疾患の一つである低ホスファターゼ症(Hypophostasia:HPP)は歯科症状がきっかけで診断に至ることがある。そのため、歯科医師がHPPについて十分に理解し、HPPを疑う歯科症状に遭遇した場合、見逃すことなく速やかに医科受診に導く必要がある。また、スムーズな診断につなげるための医科歯科連携体制をあらかじめ確立しておくことが重要である。

 ここでは、HPPがどのような疾患であるか、そしてその歯科症状と対応方法、医科歯科連携の重要性について解説する。

1. 低ホスファターゼ症(HPP)とは

 HPPはALPL遺伝子変異による骨の石灰化に必要な酵素であるアルカリホスファターゼ(Alkaline Phosphatase:ALP)の活性低下に起因する遺伝性の疾患である。ALPは骨の無機ピロリン酸を分解してリン酸を産生し、そのリン酸がカルシウムと結合することによって、ハイドロキシアパタイトが形成、骨に蓄積して骨の石灰化が起こる。

 しかし、ALPの活性が低下すると、無機ピロリン酸が分解されず、リン酸が産生されなくなる。その結果、リン酸とカルシウムが結合できず、ハイドロキシアパタイトが形成されず、骨に蓄積することができないために、骨の石灰化障害が起こるとされている。

 HPPの主な症状は、「骨の石灰化障害」と「4歳未満の乳歯の早期脱落」である。これらの主症状の一つ以上を認めた場合に血液検査を行い、血清ALPの定値が認められればHPPを疑い、遺伝子検査を行って確定診断に繋げる。

 HPPは、発症時期と症状によって周産期重症型、周産期良性型、乳児型、小児型、成人型、歯限局型の6病型に分類される(表 後)。

 一般的に、発症時期が早いほど、全身症状は重篤であることが知られており、周産期重症型の症例では治療が行われなければ生存不可能とされ、乳児型の症例では約半数が死亡する。また、診断時には全身症状がなく乳歯の早期脱落しか認めず歯限局型と診断されていた症例でも、成長に伴って骨症状が出現して小児型、成人型へと病型が移行することもある。

 日本における重症型のHPPの頻度は1人/15万人とされており、全国で毎年7人程度の出生と推定されている。一方で、欧州においては、重症型の頻度は1人/30万人程度とされ、軽症型の頻度は重症型の約50倍である1人/6000人程度と考えられている。重症型の症例では常染色体潜性(劣性)遺伝形式をとることが知られている。この遺伝形式では、一方のALPL遺伝子に変異を持つ保因者となる両親から、両方の変異を受け継いだ場合に子どもが罹患者となる。この場合、両親はHPPの症状を伴わないことが多い。日本人で認められるALPL遺伝子の変異は、c.1559delT(cDNAの1559番目の塩基Tの欠失変異)というタイプが最も多く、この変異を片っ端のALPL遺伝子に有する保因者は、一般集団において480人に1人の頻度で存在する。また、継承型のHPPは、両親のいずれかが一方のALPL遺伝子に変異を持つ常染色体顕性(優性)遺伝形式をとることが多く、一方のALPL遺伝子のみの変異で発症。

 これまでは、重症型における呼吸不全、けいれんなどの症状に対する対症療法にとどまっていた。しかし近年、ALP酵素補充薬(アスホターゼ アルファ:商品名 ストレンジック)が開発、世界に先駆けて2015年8月から日本で製造販売が承認された。

 この酵素補充療法は、家庭において週3回程度、この薬を皮下注射するものであり、重症型の生命予後の大幅な改善に繋がっている。

2020年7月 2日 (木)

Report 2020 祇園祭 ③

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 日本人はこれまで多くの輸入感染症=疫病の大規模な流行に翻弄されてきた。弥生人が持ち込んだ結核、平安時代からの大陸との交流で拡散したインフルエンザ、鎖国令下の密貿易で輸入されたコレラ等々。そのたびに多くの犠牲を払ったものの、なんとか克服してきた。

 祇園祭の締めくくりとなる7月31日の神事「夏越祭」には、八坂神社の疫神社に疫病退散や息災を祈る「茅の輪」が設けられる。茅の輪をくぐっ無病を念ずる風習は各地にあり、茅を束ねた直径2m余りのこの輪をくぐると疫病を免れるといわれている。

 八坂神社では、今年(2020年)はこの茅の輪の設置を繰り上げて、7月1日から疫神社に設置するそうだ、また、八坂神社ではこれとは別に、「新型肺炎感染症なる疫病」対策として臨時の茅の輪を3月初旬から境内に設置している。

 茅の輪のお陰もあって、日本の緊急事態宣言は5月25日に全面解除となった。しかし、アメリカをはじめ、ブラジル、ロシアなど、世界には、流行がまだまだ広範囲に広がっているのだ。感染拡大第2波への警戒が怠れない。「こんな時期だからこそ、祇園祭を盛大に行って災疫を祓いたい」という町の人々の本音も聞こえる。

2020年7月 1日 (水)

Report 2020 祇園祭 ②

続き:

 その後、平城京に帰還した遣新羅使人たちがクラスターとなって、時の政権中枢まで崩壊した天平の大流行を招来したのを筆頭に、天然痘は日本の歴史に残る大流行を繰り返してきた。 WHO の撲滅計画の結果、1980年に世界からの撲滅が宣言されるまで、天然痘はその感染力、罹患率、致死率の高さから人々に恐れられてきた。

 ワクチンも治療薬もなく、疫病に見舞われた平安京の町の人々にできるのは、災厄の退散を神仏に祈願することだけだった。翻って、現今の COVID-19 のパンデミックでは、決定的な治療薬はまだなく、ワクチンは開発に拍車がかかってはいるものの実用化は当分難しい状況にあることに鑑みるに、実はわれわれも平安京の人々にと同様の境遇にあることに気付かされる。

 天然痘の一番古いデータは紀元前 1350 年頃の古代エジプトにあるという。それから地球を半周して日本に到達するまでに 1900 年ほど、アメリカ大陸にコロンブス以降の白人が持ち込むまではさらに 900 年余を経ている。ところが COVID-19 は、最初の患者が報告されてから全世界に蔓延して患者数が500万人を超えるまでにほんの数か月しか要していない。

 21 c.になって、人とモノの移動の高速化、大量化が加速し、ウイルスが短期間で広範囲に蔓延するのを助長している。

2020年6月30日 (火)

Report 2020 祇園祭 ①

広多勤(横浜ヘルスリサーチ代表)さんのレポートです。 コピーペー:

 夏の京都を彩る祇園祭。今年は新型コロナウィルス感染症 (COVID-19) の感染拡大防ぐために、祭りのハイライトである山鉾巡行や神輿渡御が中止されることになった。

 祇園祭は日本三大祭りの一つに数えられる八坂神社(京都市)の祭礼。例年ならば、7月1日に長刀鉾町の稚児による「お千度」に始まり、7月31日の「疫神社夏越祭」まで各種の神事・行事が1か月続く。7月17日の前祭に23基、同24日の後祭には11基の山鉾が巡行し、内外から多くの観光客が詰めかける。

 祇園祭は、平安時代の 869(貞観 11 )年に各地で疫病が流行したことなどから、災厄除去を願って行なわれた御霊会が起源とされる。同年5月(旧暦)には 2011年の東日本大震災に匹敵する巨大地震が三陸沖で発生し、貞観の津波災害として記録される大災害が起きている。その直前の 864 年から 866 年にかけては富士山が大噴火し、その影響で大飢饉が起こっていた。

 この頃の「疫病」は主に天然痘の流行だった。天然痘は 6c. 半ばに仏教とともに日本に”伝来”したとされる。

2020年6月29日 (月)

人間と科学 第313回 体と心の5億年(3)—チャールズ・ダーウィン『ビーグル号航海記』を読む ③

続き:

 ここに進化論の萌芽がある。いや、ダーウィンはガラパゴス諸島に滞在中に進化論のアイデアを得たというから、つまりここに、”進化論誕生”の現場が生々しく報告されている。

 ダーウィンの思考法には「時間」という観点がキーで、それは生物の進化論以外にもみられる。たとえば、サンゴ礁の生成についての理論だ。熱帯の海のサンゴ礁には、環礁(アトール)、堡礁(バリアリーフ)、裾礁(フリンジングリーフ)という3つのタイプがあって、海の中に円形にサンゴが頭を出している地形、またその真ん中に小さな島がある地形などある。ダーウィンはインド洋の島で、そういう光景を目撃し、それら3つのタイプを、形成された「時間順」にそって並べ直し、サンゴ礁の形成についての論を立てた。

 つまり、それら3タイプサンゴ礁は、サンゴ礁形成の3つの段階を示しているというのだ。進化論でもそうだが、ダーウィンは、目の前にある多様な世界に、生成の時間軸を与えることで、自然を解釈する理論を立てた。

 『ビーグル号航海記』を読むと、ダーウィンがこの旅で、爬虫類、両生類、魚類、昆虫それに鳥類まで、いかにたくさんの生物を見、そしていかに豊富な博物学的な知識があったかを知ることができる。進化論というのは、そういう具体的な詳細な知識がベースにあって、はじめて、展開されたものなのだ。それを”進化”という時間軸に並べた。つまり、進化論というのは、単なる抽象的な思想ではなく、膨大な具体的なデータを基盤にした世界解釈のありようなのだ。

 著者(布施)は、35歳の時、勤めていた医学部の解剖学教室を辞めてフリーになったのだが、それで自由な時間が得られ、この機会に自分にとって「いちばん大切な軸」を得ようと旅した先が、実はガラパゴス諸島だった。海辺の溶岩に群れるイグアナなどを見て、ダーウィンのことを思ったりもしたものだ。『ビーグル号航海記』のページをめくりながら、その自分の旅の感触を懐かしんだりもした。

2020年6月28日 (日)

人間と科学 第313回 体と心の5億年(3)—チャールズ・ダーウィン『ビーグル号航海記』を読む ②

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 『ビーグル号航海記』は、旅を終えた数年後の1839年に出版された。この本の日本語訳は、著者(布施)が若い頃には島地威雄訳の岩波文庫があったが、最近、荒俣宏氏による分かりやすい新しい日本語訳も出た。この新約の「荒俣版・ビーグル号航海記」は、未読だったので、この機会に読んでみた。

 これが面白い。旅は、イギリスを出発したビーグル号が大西洋の島を訪ねるところから始まる。船は、ベルデ岬諸島のサンチャゴ島のポルト・プライヤに停泊する。もちろん、サンチャゴ島というのがどこにあって、どういう島なのかは知らない。ましてやポルト・プライヤという町なのか、まったくイメージがわかない。しかし今はGoogleマップ、さらにはG00gleストリートビューがある。パソコンで地図を見て場所を確認し、さらにはストリートビューで家々の画像などを「道を進みながら」眺める。そうやって読み進めると、旅のリアリティが全然違って見えてくる。山の形や、海に囲まれた小さな島の佇まいは、当時とも変わっていないはずだ。若きダーウィンが見た世界が立ち上がってくるようだ。

 そんなふうにして、ダーウィンと一緒に、南米の南端マゼラン海峡を越え、ガラパゴス諸島へと到着する。ダーウィンは、ガラパゴス諸島で目撃した生物について、このように書く。

 「どこの島でも、陸ガメの場合と同様に、ウミ・イグアナもそれぞれ固有種、あるいは特別な品種がいる」(荒俣 宏 訳『ビーグル号航海記(下)』平凡社、265 p)

 ガラパゴス諸島では、島ごとに動物のからだの特徴が少しずつ違っているというのだ。なぜか。ダーウィンは、ガラパゴス諸島の生物について、こうも書く。

 「つまり、この群島に元来いたごとく少ない固有種群から、ある一種が選び出され、別々の目的にそって変形されたのでは」(同書、243 p)

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