日記・コラム・つぶやき

2019年6月24日 (月)

政治のプライバシーとプライバシーの政治 ①

宮下 紘(中央大学総合政策学部准教授)さんの小論文を載せる。 コピー・ペー

 

1 政治のプライバシーの危機

 

 主催者である国民は投票の自由を有し、その投票の秘密が保障されている(憲法15条)。この憲法上の投票の自由と秘密は新たな監視技術により覆されようとしている。

 この民主主義への挑戦は、フェイスブックの最大8700万人の個人データが、イギリスに本社を置き、選挙活動のコンサルティングを行ったデータ分析会社であるケンブリッジアナリティカ等へと流用された事件(以下、「FB=CA事件」という)から理解することができる。

 元ケンブリッジアナリティカ研究員として内部告発をしたクリストファー・ワイリーは、欧州議会の公聴会に於いて、EU離脱をめぐるイギリスの国民投票においてフェイスブックの個人データを悪用した「でっちあげ」があったことを認めた。ワイリーは、「ケンブリッジアナリティカにより作られたデータターゲット技術とアクターネットワークがなければ、イギリスのEU離脱は起きなかったと信じている」と証言した。個人データ分析による選挙の操作が示されたのである。

 FB=CA事件は、イギリス選挙で起きた対岸の火事で済まされない。実際、この事件の発端となった心理アプリを利用し、個人データが流用された可能性がある日本の利用者は最大で約10万人にのぼる。即ち、既に日本の利用者の個人データを用いた投票行動に影響を及ぼすことは物理的に可能であり、全く、同じ事件が日本の選挙でも生じうるものである。

 FB=CA事件は、単に個人のプライバシーの問題にとどまらず、プライバシーが適切に保護されないことで民主主義それ自体が危機にさらされたことを主題化させた。プライバシーの主題は、もはや個人の私生活や商取引における監視の脅威にとどまるものではなく、民主主義への挑戦となった。この小論は、この主題を通し、「政治のプライバシー」の危機を説示し、そして「プライバシーの政治」の必要性について論じていく。

2019年6月11日 (火)

グローバル化するロビイング

続き:著者―内田聖子(NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表)さんの文をこぴー・ぺー:

 

 グローバル化によって、大企業の動きは国籍を越え多様化している。日本に外資系ロビイ企業が増えているのも、基本的にはこうした情勢の変化を反映してのことだ。

 ドイツ自動車大手のフォルクスワーゲンは、EU本部のあるブリュッセルにロビイストを多数送り込み、排ガス規制厳格化の動きを緩和しようと水面下で働きかけてきた。ここにフランス、日本、米国の各メーカーも参加している。

 他にも有害な化学品や農薬規制、金融規制等、グローバル企業が共通の利害を持つ課題は多くある。その意味で、「日本対米国」という単純な構図や、「日本が外資に奪われる」という一面的な見方では、国境と国籍を越えて動く企業ロビイストの動きを的確に見極め、対応することはできない。

 国際市民社会は、「グローバル企業 対 人々」という前提の下、環境や暮らしを守るための規制強化やルールづくりを求めるべきだろう。実際、多くの国で、市民組織は企業ロビイストの行動を可視化し、適正化するために闘っている。具体的には以下のような取り組みである。

①ロビイ活動の規制

 米国では、官民の腐敗を防止し、圧力団体の活動の透明性を高めるため、1946年に連邦ロビイング規制法が制定。この法律は、ロビイストに連邦議会への登録と四半期ごとの収支報告の提出を求めた。その後、1995年に同法律に代わる法律として、「ロビイ活動開示法」(Lobbying Disclosure Act) が成立。この法の下、連邦レベルのロビイストは下院書記官及び上院事務局長に対し登録を行わなければならず、違反者には最高5万ドルの罰金が科される。

 ロビイストが行うべき報告内容には、クライアントの名前やどのような課題に従事したか、その費用、さらには国会議員等と約束した日時や手段(tel、メール等)までも含まれている。報告内容はすべてオンラインで自由に閲覧できる。

 勿論こうした規制法は万能では無く、抜け道はいくらでもある。市民社会やロビイスト自身の間でも、規制法のあり方をめぐって議 論が常になされているところだ。

 EUには、欧州議会と欧州委員会が管理するロビイスト登録制度「透明性登録簿」がある。しかし登録は任意であるため、企業は社名を公表せずロビイ活動をすることが可能だ。これについては市民社会からの批判も多くあるため、欧州委員会はロビイストの登録義務化を提案し、2016年3月~6月にはパブリック・コンサルテーション(公聴会)も行なわれた。義務化はまだされていないが、こうした改善を求めて市民社会はロビイストへの監視を怠らない。

②企業ロビイの実態調査を可視化

 米国最大のNGOの1つ、パブリック・シチズンは、2005年7月、『議会からKストリートへの旅路』 ("The Journey from Congress to K Streer") と題するレポートを発表。これはロビイ活動開示法と外国代理人登録法の下で提出された膨大なロビイスト登録文書を分析したもので、米国における「回転ドア」の実態を克明に伝え、社会に問題提起している。

 EU諸国には企業ロビイの監視を専門とするNGOやキャンペーンが複数存在する。「ロビイ活動の透明性と倫理的な規制のためのアライアンス(ALTER-EU)」は、欧州各地から200団体以上の市民団体や労働組合が参加するネットワークだ。このネットワークは、例えば、「回転ドア・ウォッチ」という調査活動を行い、企業と欧州機関の人事異動の際の氏名や所属等の詳細を常にウェブサイトに公開する他、ロビイスト企業の研究や財務情報の公開も行なっている。

 重要点は、これらの調査NGOのほとんどが、企業や政府の資金に頼らず、市民の寄付などによって独立した立場を維持している点である。市民社会全体に、「企業ロビイの問題」が1つの大きな課題として広く共有されていなければ、こうした調査やキャンペーンも実現し得ない。

 メディアの役割も大きい。2006年、ドイツの第1公共TV放送の調査報道番組「モニター」は、「官民の人事交流」の名の下に、ドイツの連邦・州の省庁、欧州連合(EU)の行政機関に大企業が社員を期限付き公務員として多数送り込んでいる実態を暴露した。彼らは所属する企業から報酬をもらい続け、法案策定にも関与していた疑いが指摘された。

 電力市場の自由化、金融規制や公共サービスの民営化(PFI)などの多くの分野にその影響は出ていたという。これをきっかけにロビイストへの批判が高まり、ドイツ連邦会計検査院は連邦各省庁に派遣公務員の情報開示を命じ、連邦政府は派遣公務員採用に関する規則を制定するに至ったのだ(本田宏「官民癒着の新たな形態」北海道新聞夕刊2019/03/11より)。

③市民社会の関与を高めるための諸制度づくりや運動

 市民社会組織も、広い意味でロビイ団体である。EUではNGOや労働組合など市民社会組織も、EUのロビイスト登録制度に登録し、政治家や官僚にロビイ活動を行っている。同時に、欧州機関の専門家グループに市民社会のメンバーをもっと増やすように求めている。適切な法規制によって、企業側に傾き過ぎている意思決定のバランスを、市民社会の側に引き寄せようとしているのだ。

 日本には欧米と同様のロビイスト登録制度や規制法はない。また企業のロビイ活動の監視と規制を求める活動を専門的に行う市民団体はまだ存在しない。しかし日本の企業ロビイの変化を考えた時、法規制も含めた措置が必要となるだろう。

 企業や労働組合、NGOなどすべての主体は、自らの求める政策の実現のため立案者に働きかける権利を有している。従って、ロビイ活動そのものは禁止できないし、過剰に制限すれば市民社会自らの活動を制約することにもつながってしまう。この点は我々の側も留意しなければならないだろう。

 

 いつの時代も、法案や政策は官僚や議員が無菌室でつくるわけではない。そのプロセスには企業はじめ様々な主体からの要望や圧力がかかるものだ。企業ロビイの形は実に多様で、一つの政策にどの程度企業の要求が反映されたかは、常にグレーゾーンがあり、厳密に把握することがほぼ不可能だ。

 だからこそ、見えないものを見えるようにする努力こそが重要だ。もし、我々がそのことを無関心になってしまえば、公共政策に市民社会が参加するスペースは今以上に狭められ、気づいた時には政策や政治に関与していく手段さえも失いかねない。公共政策は、一部の企業や利益団体のためのものでは無く、我々市民一人ひとりの暮らしと権利を保障し前進させるために存在しているのだから。

 

2019年6月10日 (月)

企業のロビイ活動とは

内田聖子(NPO法人アジア太平洋資料センター(PARC)共同代表)さんが述べている。コピー・ペー:

 

 どの国・どの時代でも、政策は政治家や官僚だけが作っているものではない。企業やその業界団体、あるいは労働組合、消費者団体などの市民社会組織も、自分たちの目的を反映した政策を実現するために、政治家・官僚に働きかけ、影響を及ぼそうとする。いわゆるロビイ活動である。その定義には多少の議論の余地があるものの、最も基本的なレベルでは、「政府機関、政府高官(議会議員、規制当局官僚等)の行動、政策、決定に影響を与える活動」と定義できる。

 欧米では広くロビイ活動が展開されている。「回転ドア人事」という、政府と民間の人事異動・交流はごく当たり前であり、例えば米国では製薬会社のトップだった人間が、貿易交渉での知的財産分野の交渉官に転職することもあれば、食料メジャーの要職に就いていた人物がFDA(食品医薬品局)に移り、食品安全基準を緩和することもある。

 ワシントン・ホワイトハウスのすぐそばには「Kストリート」と呼ばれるシンクタンク、ロビイスト、各種団体などがオフィスを構える密集地区があり、ロビイストが日々、政治家や官僚への働きかけを行っている。連邦政府レベルのロビイ活動は、1万1000人以上に及ぶロビイストを含む、年間約31億ドル産業である。

 欧州でも同様である。欧州委員会、欧州議会、欧州理事会の3機関はいずれもベルギーのブリュッセルにあるが、これら3つの周囲はわずか1km四方に、大企業のロビイストや法律事務所、コンサルタント企業等が密集するロビイスト地区がある。欧州は様々な分野で国際的なルールづくりを牽引していることもあり、各国・EU内にとどまらない、グローバルなレベルでのロビイ活動も多く見受けられる。各業界の企業ロビイストは人脈と資金力を使って、日々、欧州委員会や欧州議員に働きかけている。

 勿論、市民社会側も政策立案者に様々な提言を行っている。企業は利益追求が目的だが、市民社会は公共性や平等性という観点から、環境や人権、食の安全などを追及する。それぞれの原理や目的は異なり、求める政策も対立的になることは多々あるわけだが、企業ロビイの人脈、資金力は市民側のそれと比べ物にならないほど強い。だからこそ多様な意見や立場を十分に反映した上で、公共に資する法律や規制の策定を求めることが「市民ロビイ」の原則となるのだ。

2019年6月 9日 (日)

Clinical バイオフィルムを管理→予防歯科 ⑥

続き:

 

 

10. 予測歯科に向けて

 

 ポスト平成の歯科医療に期待されるパラダイムシフトは予測歯科の実現である。この予測歯科とは、発症前に口腔疾患発症リスクを客観的・定性的に評価し、リスクに応じた予防策を提供し、将来の発症を未然に防ぐことを目的としている。

 予測歯科では、科学的病因論を明らかにし、疾患の発症を予測する予知性の高い客観的指標を設定しなければならない。この指標を用いて将来の発症の危険度(発症リスク)を評価する。

 う蝕のリスク評価は歯周病に比べ一歩進んでいる。カリエスリスクレーダーチャート、CAMBRAなどのシステムがすでに日常の臨床二導入されている。

 自身の疾患リスクが分かるということは発症予防に大いに役立つ。例えば CAMBRAでは、リスクを4段階に分けて患者の現状を理解しやすくしている。CAMBRAでエクストリームリスクと判定された患者は、何の予防手段も講じなければ「将来むし歯になる」という自分の未来の運命を知ることができる。う蝕発症のリスクを我が事と感じることが、ホームケアとプロフェッショナルケアとの両輪を動かす原動力となる。

 歯周病においても、3つの発症要因(感染要因・宿主要因・環境要因)のそれぞれにおいて将来の発症リスクを評価できるシステムの臨床導入が待たれている。現在、細菌学的評価(バイオフィルム)、細胞生物学的・遺伝学的評価(歯周組織の抵抗性)、生活習慣の評価を可能とする予測指標の探索が進んでいる。今後、発症要因ごとに予知性の高い予測指標が定まってくることが期待されているが、現在のところ、歯周病のリスク評価指標として使用できるのは、細菌検査による細菌学的評価と、喫煙や飲酒などの生活習慣の評価である。宿主因子については、遺伝子多型などいくつかの候補が報告されているものの、さらなる検討が必要とされている。

 

11. う蝕と歯周病は管理が必要な慢性疾患

 

 Microbial shift が元に戻ってバイオフィルムが低病原性となっても、レッドコンプレックスをはじめとする歯周病原性菌はバイオフィルムに存在し続ける原因菌が駆逐できないということは、歯周病は完治しないことを意味している。我々は、最新の病因論を理解し、バイオフィルムと歯・歯周組織のバランスが崩壊しないように、長期の管理を行わなければならない。患者の生活と社会的背景は、う蝕と歯周病の発生・再発に大きな影響をもっている。患者のすべての要因を包摂し、患者の生涯にわたるバイオフィルムの管理が望まれる。

2019年6月 8日 (土)

Clinical バイオフィルムを管理→予防歯科 ⑤

続き:

 

 

8. P. gingivalis の歯周病原性を決める遺伝子型

 

 すべてのP.gingivalis が同じ歯周病原性をもっているのではなく、歯周病原性は本菌の遺伝子型によって異なる。P.gingivalis の菌体表面には線毛とよばれる毛が生えている。細菌の最も外側に位置する線毛は、P.gingivalis の口腔への感染、歯周組織細胞への侵入、炎症誘導などに関与する重要な病原因子である。線毛因子には異なる6種類の型がある。

 6種類の中で、Ⅱ型線毛の歯周病原性は極めて高い。Ⅱ型線毛をもつ P.gingivalis に感染している患者は、感染していない場合に比べオッズ比44.44の歯周炎リスクがあることが示されている。

     ※ P.gingivalis 線毛遺伝子型と歯周炎発症リスク

          線毛型          オッズ比

          Ⅰ型            0.16

          Ⅰb 型           9.21

          Ⅱ型           44.44

          Ⅲ型            1.96

          Ⅳ型           13.87

          Ⅴ型            1.40

 広島大学病院小児歯科外来の受診患者400人(2~15歳)のプラーク細菌を調査、→P.gingivalis が検出されたのは、健康歯肉患者134名のうち2名、歯肉炎患者239名のうち24名、歯周炎患者27名のうち8名であった。

 検出された P.gingivalis の線毛遺伝子型は、ほとんどがⅡ型とⅣ型だ。このような若年での歯周病発症は侵襲性歯周炎の可能性が考えられ、子どもの歯周病においてもⅡ型 P.gingivalis は高リスク因子となっているようだ。

 

9. 歯周治療の目標

 

 歯周ポケット内に血液が供給され続ける限り、バイオフィルムの高病原性は続き、歯周病は慢性化し、進行する。さて、歯周病を止めるには如何すれば良いか。

 目標は、①浅いポケット、アタッチメントレベルの改善、②骨レベルの改善、③あるいは付着歯肉幅の増加であるとされている。しかし、歯周病の発症原因は Microbial shift である。その要因を取り除き、歯周病発症前のバイオフィルムの質に戻すことが(治療)目標である。

 最も重要なことは、ポケット内潰瘍面の閉鎖(上皮バリアの修復)により歯周病菌への血液供給を断ち、かっての低い病原性をもつバイオフィルムに戻すのである。

 Subgingival debridement (縁下バイオフィルム・歯石の機械的除去)を行い、歯根面の汚染除去を行う。細菌量の多い歯周ポケットでは、軟組織や細胞内に侵入した歯周病菌の除去・減少も必要であろう(毛細血管が豊富な肉芽組織は歯周病菌の格好のすみかである)。感染因子を取り除き、歯周ポケットの環境変化をもたらすことにより、元の細菌叢を取り戻し、「歯周病菌と歯周組織の拮抗」を得ることができる。

♦ 発症予測のリスク診断:歯周細菌検査

 歯周病は感染症だ。感染症の治療に際して、真っ先に行うべきは細菌検査であると筆者(天野)は考える。重篤な歯周病と関連して検出された細菌種は、ピラミッドの頂点に君臨するレッドコンプレックスであり、これら”要注意”3菌種 ( P.gingivalis T.forsythia T.denticola )の感染は歯周細菌検査で確認できる。

 歯周病菌 DNA の検出は、国内外の検査会社で受託検査を行っているため、特別な装置を持たない歯科医院でも、診断の一助として利用できる。

2019年6月 7日 (金)

Clinical バイオフィルムを管理→予防歯科 ④

続き:

 

 

7. 歯周病の最新病因論

 

1) 歯周病菌

 1980年代から、歯周病の発症にはPorphyromonas gingivalis をはじめとする一群のグラム陰性嫌気性桿菌が深く関わっていることが示された。

 1990年代後半に、歯周病菌はレッドコンプレックスと呼ばれる3菌種(Porphyromonas gingivalis、Tannerella forsythia、Treponema denticola)であるとされた。

 現在でもレッドコンプレックスは間違いなく強力な歯周病菌であると認識されている。

 21C.になって、Filifactor alocis も歯周病菌の仲間に加えられた。

 

2) 歯周病原性バイオフィルム

 歯周病原性バイオフィルムと健康なバイオフィルムの細菌叢は大きく異なる。歯周病原性バイオフィルム細菌叢はピラミッドに例えられ、歯周病原性の高い細菌種ほど上層に区分されている。

 生後間もなくからの口腔細菌種の定着によりピラミッドが積み上げられ始める。ミュータンスレンサ球菌の口腔内定着は乳歯の萌出とともに開始されるが、歯周病菌の定着はずっと遅い。最も強力な歯周病菌である P.gingivalis は6~18歳以降に定着し、歯周病原性バイオフィルムが完成する。

 幼少期からの長い年月の間に、多様な細菌叢を形成した個人は、しっかりした土台に上層が積み上げられたピラミッドが形成され、歯周病原性の高いバイオフィルムをもつに至る。

 逆に下層の細菌種が乏しく土台が弱い場合には、上層の構築はうまくいかず、歯周病原性に乏しいバイオフィルムになる。実際、下層あるいは中層をもたない上層だけのピラミッド(細菌叢)は存在しないため、歯周病発症は幼少期からのピラミッド形成に左右されることになると考えられる。

 

3) 歯周病原性バイオフィルムのMicrobial shift

(1) 感染から発症へ

   歯周病の発症原因も、Microbial shift によるバイオフィルムと歯周組織の均衡崩壊と考えられている。青年期に歯周病原性の高いピラミッドが完成しても、中年期までは歯周病の発症は少ない。バイオフィルムの病原性と歯周組織の抵抗力の間に均衡が保たれているからである。これは歯周組織が若いこともあるが、大きな理由はバイオフィルムの病原性が低いことである。

   やがて中年期に向かい、歯周組織の微小環境の変化により Microbial shift が起こり、バイオフィルムと歯周組織の均衡が崩れる。この時、歯周病が発症する。

(2) 細菌間相互作用による Microbial shift

   歯肉溝へのバイオフィルム蓄積に伴い、バイオフィルムは経時的に高密度になる。この環境下では、細菌ー細菌間には様々な相互作用が生じる、これらの相互作用は、集落内での栄養や遺伝子のやりとり、優勢菌の移り変わりなどに大きな影響を与える。

   近年注目されているのが、細菌の代謝物質を介した相互作用だ。バイオフィルム細菌の中には、他菌種の産生する中間代謝産物や最終代謝産物を栄養素として利用するものが多く存在する。このような細菌間相互作用により、バイオフィルムの病原性は次第に高くなり、歯周病発症に向かう。

(3) 歯周ポケットからの出血による Microbial shift

   歯周病菌(特に P.gingivalis)には栄養素として鉄分(Fe)が不可欠だ。P.gingivalis は、ヒト血液中の赤血球ヘモグロビンを鉄源として利用。しかし、健康な歯周組織に出血はないため、P.gingivalisは十分な栄養素は得られず、ごく低い病原性しか発揮できない。しかし、歯周組織の炎症が亢進すると、歯肉溝は歯周ポケットへと変化する。歯周ポケットの内面には、歯肉内縁上皮の脱落により潰瘍形成される。潰瘍面からの出血により、血液中のFe とタンパク質を取り込んだ P.gingivalis は病原性を高めるとともに増殖し、バイオフィルムの歯周病原性を大幅に高める。

   歯周病菌と歯周組織の均衡が崩れたこの時が、歯周病が本格化する時である。「歯を磨くと血が出た」というのは歯周炎発症のサインである。

(4) 歯周破壊へのロードマップ

   バイオフィルムにレッドコンプレックスが感染していると、より顕著なバイオフィルムの高病原化が起こる。血液から十分な栄養素を摂取した P.gingivalis の歯周病原性は大いに高まる。そして、P.gingivalis は歯周組織の免疫機構の働きを抑制する。

   そのため、それまで免疫に抑え込まれていた多数の歯周病関連菌まで増殖し、顕著なMicrobial shift が起こり、バイオフィルムの病原性はさらに高くなる。

 

 

 

 

2019年6月 6日 (木)

Clinical バイオフィルムを管理→予防歯科 ③

続き:

 

6. う蝕の最新病因論

 

1) う蝕原性菌

 ミュータンス球菌は間違いなく最強のう蝕原性菌であるが、21C.になって、ミュータンスレンサ球菌以外の酸産生菌も、う蝕偶発症に関わっていることが明らかになった。砂糖(ショ糖)はミュータンスレンサ球菌が不溶性グルカンを作るために必要であるため、う蝕予防の食事指導は「甘い物を避けなさい」であったのである。

 しかし、新たにう蝕原性菌に加えられた細菌種は不溶性グルカンは作らず、歯面に付着したバイオフィルムの中で酸を産生するため、ショ糖が制限されても影響は少ない。

 

   <う蝕原性菌 と う蝕誘発性糖類>

     20C.の常識                  21C.の常識

   う蝕原性菌                  う蝕原性菌

   ●ミュータンスレンサ球菌          ●ミュータンスレン

                             サ球菌

   ●ラクトバチラス                ●ラクトバチラス

                             ●ビフィズス菌

                                ●Actnomyces種

                             ●Scardovia 

                              Wiggsiae種                             

                             ●Veillonella 種

   う蝕誘発性糖類                う蝕誘発性糖類

   ●砂糖(ショ糖)                 ●発酵性糖類

                              ショ糖、ブドウ糖、

                              果糖、

                              調理デンプン

 

2) う蝕原性バイオフィルムの Microbial shift

 う蝕原性菌はショ糖だけではなく、他の発酵性糖質(ブドウ糖、果糖、調理デンプン)を摂取して乳糖などの有機酸を産生し、歯を溶かす。ショ糖が制限されても、その他の糖類摂取によって、バイオフィルムのpHは酸性に傾く。そして酸性環境を好む菌種が増殖しMicrobial shift が起こり、う蝕原性の高いバイオフィルムへと変化してしまうのである。

 「甘い物を避けなさい」の食事指導は変わらなければいけない。調理デンプンもMicrobial shift の要因となるため、麺類や粉物にも注意が必要だ。マヌカハニーはショ糖を含まないので、むし歯予防にいいと言われている。しかし、このハチミツはブドウ糖と果糖はたっぷり含んでいる。

 一方、酸を中和する常在菌が歯肉縁上バイオフィルムにいることがわかった。常在レンサ球菌の中にはアンモニアを出す菌種が存在する。アンモニアはアルカリ性のため酸を中和するので、このような菌種が多い人はう蝕になりにくいと考えられている。

 

3) う蝕の治療

 21C.になって、う蝕という疾患は「脱灰と石灰化のバランスが偏っている状態であり、う蝕=う窩ではない」という考え方が浸透した。脱灰因子と防御因子(脱灰を防ぎ石灰化を促進する因子)の間のバランス崩壊はバイオフィルムの周囲環境(特に栄養環境)の変化によるMicrobial shift が原因。

 疾患の治療は病因除去だ。う蝕の原因はMicrobial shift であるため、高病原化したバイオフィルムを低病原性に戻すことがう蝕の治療である。つまり脱灰因子を減らし、防御因子を増やすことであり、削って詰めることではない。

 改善すべき脱灰因子は、食事内容・回数(バイオフィル栄養環境)とう蝕原性菌量(バイオフィルムの量)である。また、含嗽剤や唾液分泌刺激などによりバイオフィルムのpHを中性に向かわせる工夫も必要。

 防御因子の強化には、フッ化物による歯質強化、クロルヘキシジンによる殺菌、フィッシャーシーラント処置、生活習慣指導、あるいは早期治療などの対応が有効である。

 

 

2019年6月 5日 (水)

Clinical バイオフィルムを管理→予防歯科 ②

続き:

 

 

2. 抗菌薬療法

 

 抗菌薬(抗生物質)には殺菌あるいは静菌作用がある。しかし、バイオフィルムは殺菌・静菌効果をもつ物質や免疫物質の内部への侵入阻止することはよく知られている。おまけに、抗菌薬は細菌に取り込まれて初めてその効果が出る。バイオフィルムの奥で休眠状態の細菌は代謝を極端に低下させており、外部から栄養素を取り込まないため、抗菌薬も取り込まない。

 仮に抗菌薬が取り込まれ劇的に効いたとしよう。細菌は数10分~数時間で2倍に分裂する。99.9%の殺菌を果たしても、0.1%が生き残ればバイオフィルムは元に復してしまう。それを防ぐためには、継続的な抗菌薬の投与が必要になってくる。だが、そんなことをすると耐性菌の出現、腸内細菌叢の撹乱など好ましくない事象を招いてしまうのだ。

 

3. 抗菌療法

 

 抗菌療法という名前はよく耳にする。しかし、抗菌の概念定義ははっきりしない。抗菌とは「細菌に抗う」こと。細菌に挑めば戦いに敗れたとしても抗菌療法と言えるのだろうかと疑念も湧く。調べてみると細菌増殖抑制の意味合いで抗菌が使われることが多い。

 水分と養分のない乾燥表面では細菌は増殖しない。となると特段の工夫をしなくても、表面がツルツルのスリッパや机は乾燥させれば抗菌ということになる。抗菌ではなく、除菌、静菌などと表現してほしいものであるが、どちらにしても抗菌療法では細菌の駆逐には至らない。

 

4. だから予防歯科

 

 21C.になって、う蝕と歯周病の原因は高病原化したバイオフィルムであることが示された。低病原性のバイオフィルムが高病原化することが口腔の2大感染の原因であった。従って、病因除去とは高病原性バイオフィルムを低病原性の状態に戻すことである。

 バイオフィルム細菌を駆逐できなくても、バイオフィルムの病原性を管理できれば病因を取り除くことができるし、発症予防も可能となる。これは予防歯科の仕事である。

 では、如何すれば予防歯科を実践できるのか。予防歯科の目的は、100%歯磨きの指導でも、歯石フリーの完璧なプロフェッショナルケアでもない。バイオフィルムの病原性が高くならないようにオーダーメイドで管理し、同時に歯と歯周組織を鍛え、歯・歯周組織とバイオフィルムとの均衡を維持することである。そのために、まず「どうしてう蝕と歯周病は起こるのか?」のバイオロジーを理解しなければならない。

 

5. Microbial shift

 

 バイオフィルムの病原性が高くなるのは新たな細菌種の感染によるものではない。常在菌のMicrobial shift による。Microbial shift とは、バイオフィルムを取り巻く栄養、温度、嫌気度、pH などの環境変化によって、細菌達にとって好ましい生育環境がもたらされることにより起こる。

 病原性をもつバイオフィルム細菌が活性化し増殖し、バイオフィルムのトータルの病原性が高まる。バイオフィルムが「定常の低病原性」から「非定常の高病原性」にシフトするのである。

 Microbial shift によりバイオフィルムと歯・歯周組織の間の均衡が崩れ、う蝕や歯周病が発症・進行する。

 Microbial shift は人体の他の細菌叢でも起こる。腸内細菌叢の Microbial shift は深刻な全身疾患の発症や進行につながることが知られている。

 

 

 

 

 

2019年6月 4日 (火)

Clinical バイオフィルムを管理→予防歯科 ①

天野敦雄(大阪大学大学院歯学研究科口腔分子免疫制御学講座予防歯科講座予防歯科学教室教授)さんの研究文である。コピー・ペー:

 

 

1. はじめに

 

1) 昭和のむし歯の洪水

 昭和の昔、むし歯の洪水に溺れる小学生の中に天野もいた。1時間待ちの3分治療と言われた時代だった。「は~い治ったよ。痛くなったらまた来てね」の決め台詞が告げられた時、「これで終わった」と安堵した。この言葉とあの安堵感は、今なお天野の記憶に残っている。そして、歯の病気は治る病気であり、歯科医院は痛くなったら行く所なのだと理解したことも、そして、むし歯は治ったはずだったのに、翌年も、その翌年も歯科検診がある度に天野は歯医者に通っていた。なぜだ?と思いながら。

 

2) また訪れるむし歯の洪水

 むし歯の洪水がまたやってくる。今度は子どもではない。高齢者だ。8020、生涯28、KEEP28、高齢者は是が非でも歯を残す。その歯の中には、やがて彼等の健口を脅かすものも少なからずあるだろう。人生100年時代だというが、”ピンピンコロリ”は一握り。フレイルから寝たきりになった時、高齢者は根面う蝕の洪水と歯周病の嵐に飲み込まれる。寝たきり高齢者の多くが無歯顎であった昭和の昔には想定外だった時代がやってくる。

 

3) 根面う蝕の洪水と歯周病の嵐をどう防ぐ

 この洪水と嵐を防ぐにはどうしたらよいのか。これは今後の歯科界にとって重大問題である。バイオフィルムとの熾烈な戦いは、バイオフィルムを完全に磨き落とす100%歯磨き指導に始まった。バイオフィルム染色の後、厳しい指導を受ける。それも来院時には必ず。1000本ノック如き試練に脱落する患者も少なくなかった。

 やがて、もっと患者に優しい方策として案出されたのが、種々の抗生剤療法、抗菌療法だ。これらはバイオフィルム中の病原菌を駆逐することを目指した療法であったが、期待されたほどの成果には至っていない。バイオフィルム細菌対策には、感染症対策の基本知識の整理が必要。殺菌や消毒等の用語の定義は、法令、業界、学問によってわずかに異なるが、おおむね似たような意味である。→(後:)

 バイオフィルム細菌を駆逐するには滅菌作業が必要だが、滅菌を可能とする方法は2つだけ、オートクレープとガス滅菌である。どちらも生身の人間には適応外である。

 

● 感染症対策に使用されている用語

滅菌→すべての微生物を完全に死滅させること

殺菌→ほとんどの微生物が死滅させること

消毒→病原性微生物を死滅または除去、あるいは無毒化すること

静菌→細菌の増殖を抑制すること

除菌→細菌数を減らすこと

抗菌→細菌に抵抗するという意味。新しい言葉であり、定義が曖昧。細菌増殖抑制の意味で用いられることが多い

 

 

 

2019年6月 3日 (月)

Report 2019 手術支援ロボット ③

続き:

 

 今後は、その事情が少し変わるかもしれない。「da Vinci (ダビンチ)」の基本特許の多くが2019年中に切れることもあり、後発の手術ロボットの開発に拍車がかかっている。日本国内の複数の研究者やメーカーが、従来機の1/3以下の低価格で同等の機能を発揮できる手術ロボットの開発に取り組んでおり、早ければ年内にも登場してくる見込みのようだ。

 手術中の麻酔薬の投与をコンピューターで制御する麻酔ロボットなど、内視鏡下手術の支援以外の領域でも、手術支援ロボットが実用に向けて開発が進んでいる。

 手術支援ロボットの研究開発は歯科領域でも進行している。米国ではインプラント手術の支援ロボットがすでに開発されており、中国では患者に全自動制御のロボットによるインプラント植え込みが行われたとも報じられている。

 より低侵襲で安全に手術を行うために、幅広い領域で手術支援ロボットの活躍に期待が高まっている。近い将来、様々な歯科の処置でも手術ロボットが活躍する日々が来るかもしれない。

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