映画・テレビ

2014年2月13日 (木)

どんな道を

報道機関の罰
佐藤一さん(北海道新聞記者)は次のようなことを言っている。
  先の臨時国会で特定秘密保護法が成立した2013/12/06、報道機関にとって、「敗北の日」として後世の歴史に刻み込まれるのかもしれない。この法律は外交や防衛の秘密を守るためというよりはむしろ、国内の治安維持を主眼に置く。国が「特定秘密」の名の下に、国民が知られたくない権利までも侵しかねない内容だ。成立を許した報道機関の罪は重い。
  そもそも報道機関の対応が遅すぎた。大騒ぎし始めたのは法案が国会に提出した2013/10/25前後ごろからだ。一部を除き、新聞(朝日、毎日、東京新聞)を中心に法案反対のキャンペーンを展開。法案の逐条解説や問題点を提示したほか、法が成立した場合、市民生活への影響を指摘するシミュレーション記事、識者インタービューなど多様な記事を掲載した。世論も盛り上がりを見せ、国会周辺や全国各地で市民による反対デモが相次いだ。しかし、結果は見えていた。圧倒的多数の与党による審議の早さに報道は追いつけず、廃案に持ち込む動きには結びつかなかった。
  国の秘密保全法制をめぐっては、中曽根政権下の1985年に国家秘密法案(スパイ防止法案)が出されたことがある。この時は、フリーのジャーナリストを含め報道機関の矢継ぎ早の報道があり、世論の反対で廃案となった。今回の法律はこの法案の流れを引き継ぐもので、民主党政権が設置した有識者会議による2011/08の報告書が土台となっている。法案提出は断念されたが、政権を引き継いだ安倍内閣は、自らの所信表明や選挙公約にも入れず裏で淡々と提出の機会を窺っていたのだ。報道機関はその芽をキャッチし、内閣発足当初からこの法案の問題点をキャンペーン的に報道すべきだった。この法律こそ、安倍内閣の本質を表しており、国民生活に多大な悪影響を及ぼしかねないからだ。
  報道機関は全体として、取材、報道の自由が規制され、その結果、憲法で保障される国民の知る権利も侵されると主張してきた。それに異論はないが、この法律の危険性や問題点をなぜもっと早く報道できなかったのか。NHKが法案提出前の2013/10/16に公表した世論調査で、特定秘密保護法案について「内閣は知らない」と答えた人が70%を超えていた。
  法律が成立した翌日のある新聞の見出しに「知る権利を支える報道続けます」とあったのだ。国民の知る権利に奉仕するのが報道の使命だ。結論が出てから高らかにそんな風に言われても国民の心に響きはしないだろう。

2012年10月25日 (木)

がん患者におけるうつ病と見逃し

(1) 有病率 : がんの診断を受けることは、人生における衝撃的なできごとであり、患者は、様々なストレスを受けるため、うつ病を発症することがまれではない。がん患者における部位別、病期別でのうつ病有病率調査研究によると、肺がん切除後1.7~8%、再発乳がん患者7%、切除不能肺がん5%、治療中がん患者6%、終末期12%であった。進行がん患者でのうつ病5~26%にみられることが知られている。 (2) うつ病発症に関連する危険因子 : 危険因子に関する調査では、初期治療時の抑うつ、社会的な支援欠如、痛みなどが関連していると言われている。 (3) がん患者におけるうつ病の見落としについて : がん患者では様々な原因によりうつ病が見逃されている。 ①身体症状と解釈する→がん患者は疾患そのものおよびがん治療により様々な身体症状を呈示する。進行がん患者の調査では、倦怠感84%、活動性低下81%、食欲低下57%、体重減少51%などである。しかし、これらはうつ病ではしばしば認められ、うつ病診断基準にも含まれる症状である。がんの症状とうつ病の症状が重なり合っているために、がんによる症状とみなされてしまうことが多い。実際、がん医療に従事する医師・看護師による評価は客観的な重症度と一致することは低く、重症例(うつ病の)ほど見落としが多い。 ②うつ病に対する知識欠如→患者、家族、医療スタッフも「がんだからうつ状態になるのは当然」とみなしていることも多いので、うつ病が見逃されてしまう原因となる。 ③適切な問診を行っていないこと→患者に対して現在抱えている感情に関して質問することは、患者に対して侵襲的であり、時間を要し、取り扱いが困難と思われているため、質問をちゅうちょする傾向があるが、感情の問題を表現することで患者は感情的に落ち着くことが知られている。いたがって、うつ病の診断をするためにも感情面で患者と話し合うことが望ましいのだ。 ④患者サイドの問題→うつ病に罹患している患者の10%はうつ病であることを自ら否定してしまうので、治療につながらないこともある。



2012年4月 4日 (水)

「シンプル・イズ・ベスト」

従来の宇宙開発では、衛星には100%近い超高信頼度が求められ、それを実現するために複雑な設計作業、高価な宇宙用部品の利用、多くの人のチェックや管理、莫大な書類作業などが発生し、それが宇宙開発のコスト爆発の一因となっている。しかし、それでも故障する、あるいは衛星が死んでしまうケースは実際に起こっている。一方で、海外も含め大学やベンチャーの衛星は、設計はシンプルで信頼度もそこそこを狙っているのに、結果的に衛星が壊れないというレコードを持っているケースも多い。その違いは何なんだろう?ーそこから始まる設計思想の再考が「ほどよし信頼性工学」である。重要な要素を一つだけ挙げると「シンプル・イズ・ベスト」の論理。たとえば、冗長化(同じものを複数個並べて信頼性を上げる)により計算上は信頼度はもちろん上がる。しかし、システムが複雑化し部品点数が増えることで、人間のミスや製造エラーも入りやすくなり、故障が発生個所も増えるなどの効果で、結局は信頼度がそんなには上がらないケースも多い。つまり、紙の上の設計信頼度だけでなく、その設計がその通りに作られ動く確率もかけないと、真の信頼度にはならないのである。それを科学しようというわけである。また、宇宙環境耐性を試験する「地上試験」も、超小型衛星の特質を利用して本当に必要なものだけを「ほどほどに」実施しよう、地上観測の分解能も1mを切る最高レベルではなく、5m程度の「ほどほどの」性質を使ってどう面白いことができるか工夫しよう、など、極限の性能や信頼性を追及してきた従来の宇宙開発の思想をもう一回見直し、コストや実質的な利用価値を反映した「適度な」設計に替えていこうというムーブメントである。これは行き過ぎだといろいろな批判もあるが、議論を繰り返す中で、まさに、ほどよい「ほどよし信頼性工学」に結実していってほしいと。